昨日の記事で、
・立派な人間でなければ真に卓越したことは出来ない
・立派な人間とは、常に立派な態度の人間だ
と書いたが、これは非常に重要なことだと思った。
愚か者だって、時々は立派な態度をする。
だが、時々立派な態度をするだけの者は愚か者だ。
酒が入った時だけ下品になると言うなら、そいつは下品なのだ。
時々は良き夫や妻であるなら、それはロクでもない夫や妻だ。
実際は、酒を飲んだ時だけ下品になると言う者は、常に下品なのだ。
時々、良い夫になると言う者は、実際は良き夫であることなど全くない。
「ハンドルを握ったら人間性が変わる」と言っても、ハンドルを握っている時もいない時も同じ人格なのだ。ハンドルを握ったら強引になると言うなら、実際はいつも強引なのだ。

だから、間違いなく優れた人間を採用しなければならない時は、特殊な状況を作ったり、あるいは、特殊な状況でなら、その者がどうなるかを探るのだ。
特殊な状況では、自分を隠せないので、本性が現れるのである。
「この人と結婚しても良いだろうか?」と思ったら、特殊な状況にあるその人を見るか、特殊な状況でなら、その人がどうなるかを探るのだ。
酒を飲ませるのも一手だ(笑)。

真の自分を知りたいと言うなら、いつもと違う特殊な状況にある時の自分を見れば良い。
それで簡単に分かる。

芸術家とは、常に芸術家の態度である者だ。
時たま、芸術家の態度をしても、そいつは芸術家ではない。
金持ちは、常に金持ちの態度をする。金持ちが貧乏人のフリをしても、態度は金持ちなのだ。まあ、金持ちの態度というものを勘違いしている者は多いが。

だから、芸術家になりたいなら、常に芸術家の態度でなければならず、金持ちになりたいなら、常に金持ちの態度でなければならない。
すなわち、芸術家は美しいものに対してしか美しいと言わないし、金持ちは金の流れを見逃さない。

仙人は常に仙人の態度をしているし、魔法使いは常に魔法使いの態度をしている。
細かく言えば、レベルAの仙人は常にレベルAの仙人の態度だし、レベルAの魔法使いは常にレベルAの魔法使いの態度だ。
あなたにレベルAの仙人の態度が分かるかどうかは分からないが。

そして、態度とは、心を吹く風のようなものだ。
金持ちの心の中には、いつも金持ちの風が吹いている。
それは、概ね気分とか表情に現れるが、気分や表情は結果だ。
だから、金持ちになりたいなら、心の中に金持ちの風を吹かせる必要がある。
だって、貧乏人が金持ちの表情をしたってサマにならないだろう?

宮沢賢治の『風の又三郎』という短編がある。
又三郎は、子供達の心に、激しい風を吹かせるためにやって来た風の神だ。
だって、人生は激しく生きるべきだからだ。

こげどんぼ*(以前は、コゲどんぼ)さんの漫画『ぴたテン』で、美紗(みしゃ)が、こんなことを言っていた。
「あたしは風が好きっス。風に吹かれると空を飛びたくなるっス」
つまり、美紗は天使なのである。
まずは、心に吹く風を好きになることだ。
それには、やはり、風を好きになることである。

頬なでる柔らかな風が
そっと寄り添ってくれる
~『星のカケラ』(作詞・作曲・編曲:平沢栄司。唄:初音ミク)より~








  
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