何度も書いたが、私は、自分があり得ないような奇跡を自分の意思で明確な形で起こせることから、そのやり方を出来るだけ簡単に・・・形式的とか公式とは言わないながら、単純な手法に出来ないものかとずっと思っている。
その中で、分かってきたことがある。
それは、奇跡を起こした人には、共通のやり方があるというよりは、共通の性質があるということだ。
そして、自分で奇跡を起こした時のことを考えても、やはり、共通のやり方ではなく、共通の「状態」があったのだ。
つまり、こういうことだ。
奇跡・・・つまり、出来過ぎの引き寄せは、テクニックではなく、体質の問題なのだ。
体質というのは、体の性質という意味だけでなく、精神的な特徴・・・つまり、精神性も指す。
精神性と言うと難しそうだが、これから述べるように、難しいことではない。
だが、やはり、「精神性」という言葉よりは、「体質」の方がぴったりすると思う。
この精神性という意味での体質を、「在り方」といった表現をする人がいるが、それだと抽象的過ぎて分かり難い。
実際、とても簡単なことなのだ。
だが、その体質(精神性)を直接表現しようとしたら、やはり、「在り方」なんて言葉になってしまうのかもしれない。
そこで、体質そのものの説明ではなく、その体質を作る方法について述べる。これだと、ますます、誰でも出来ると思う。

2022年4月7日、藤子不二雄Ⓐさんが亡くなられ、元・藤子不二雄コンビだった、藤子・F・不二雄さん、藤子不二雄Ⓐさんの両方が亡くなられたが、彼らの少年時代は、戦後間もない頃で、漫画の本や雑誌は非常に少なく、手に入ったものを、何回もと言うより何十回と読んだことだろう。
実は、それが引き寄せの体質を作るのだ。
今は、漫画に限らず、小説もアニメも、非常に沢山あって、同じものを繰り返し見たり読んだりすることが少なくなった。
それが、引き寄せが下手な人が多い原因のように思う。
ところが、非常に凝り性で、同じ作品を、何回も、何十回も繰り返し見る変わり者がいるが、引き寄せを無意識でやってしまうのは、そんな人達だった。
もちろん、同じ漫画を何度も読むと飽きる。
藤子・F・不二雄さん、藤子不二雄Ⓐさんらの場合、同じものを何度も読むしかなかったのだが、それでも十分楽しんでいたのだと思う。
引き寄せが上手い時の私は、まさに、そんな感じだ。

アンデルセンの自伝を読むと、アンデルセンも強力な引き寄せの力を持っていたことが分かる。
彼は、子供の時、家に一冊の童話の本しかなく、幼い時はそれを母親に読んでもらい、自分で読めるようになると、それを自分で繰り返し読んでいた。
それで、彼は、自然に引き寄せの力を身に付けたのだろう。
確認出来る限り、偉人のほとんどがそうだが(ニュートンもアインシュタインも)、別に偉人でなくても(私がまさにそうだが)、引き寄せが上手い者は、そんなことをやっているものだ。

私は、子供の時、粘着的なほど何度も、『ピノキオ』や『みつばちマーヤの冒険』を読んでいたが、その頃の引き寄せの力が強かったことは何度も書いた。
また、中学1年生の時は、平井和正さん原作の、石ノ森章太郎さんの漫画作品『幻魔大戦』をひたすら読み、やはり、あり得ない引き寄せを起こしていたのだ。
今でも、『幻魔大戦』に書かれた、ほとんどのセリフを覚えているほどだ。

読むもの、見るものは、本当に何でも良い。
ただ、精神性が低い作品は、おそらく、繰り返し読むことは出来ないが、もし、出来たとしても、そのような作品では、引き寄せの力は得られない(負の引き寄せなら出来るかもしれないが)。
引き寄せには、ある程度のモラル、道徳性が必要なことは事実である。
幸い、私が子供の時、繰り返し読んだ『ピノキオ』も『みつばちマーヤの冒険』も『幻魔大戦』も、非常に高いモラルを持って書かれたものだった。
私の引き寄せの力の秘密が、かなり分かったと思う。












  
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