芸能人の自殺のニュースが続いているらしいが、元々、日本は異常なほどの自殺大国だ。
自殺の原因なんて、恨みとか絶望と思われるかもしれないが、結局のところは、無力感から来る不安だ。
本来、不安なんてものは、一休さんの遺言ではないが「心配するな、なんとかなる」と思ったり、「大丈夫」と口にすれば消えるものであるが、今の日本ではそうではない。
その理由は2つで、1つは、日本人の心が弱くなったこと、そして、もう1つは、日本人の判断力が狂っていることだ。
なぜそうなったかというと、学校やテレビによって、日本人がモラルを失ってしまったことに因る。
モラルがないと、誤った判断しか出来ず、心が弱くなるのである。
そもそも、モラルとは、「放埓(勝手気まま)に振る舞いたいと思う気持ちに制約を加えること」だ。
あくまで「制約を加える」ということで、全て抑えるわけではない。しかし、理性ある人間として必要な分は抑えなければならない。
そして、個人的欲望に制限をかけずに生きている者は、正しい判断が出来ず、しかも、心が弱いのである。

なら、心を強くする方法は簡単で、それは、モラルを持つことだ。
分かり易い言い方をすれば、「個人的欲望に加えた制約の倍の力を神はその者に与え、世界を闊歩させる」だと考えて良いと思う。

尚、断ち物(特定の欲望を完全に断つ)のような極端なやり方は勧めない。
断ち物で有名なのは、幼少だった徳川家光の重病からの回復を願い、春日局(かすがのつぼね)が、生涯、薬を飲まないと誓ったり、上杉謙信が、戦の勝利を願って、生涯、女を抱かないと誓ったりしたものである。
それで、家光は治り、謙信は戦で無敗だった。そして、彼らは誓いを実際に、生涯に渡って守った。
だが、願いが高貴でない場合は、必ず破滅が訪れる。
これも、分かり易い譬えで言えば、個人的欲望で断ち物をすれば、悪霊や動物霊の力を借りることになり、一時的にうまくいって喜ぶが、すぐに悲惨な目に遭うのである。
願いがまごうことなき高貴な場合は、やることを止めはしないが、もし、誓いを破ったら、どうなるか分からない。

モラルを高める・・・つまり、自己制約の力を高める楽な方法には、腕振り運動や四股(佐川式に準じる)を数多く行うことがある。
それにより、無意識のエネルギーを多量に味方に出来るからだ(気功や合気武術では、気を蓄えるといった言い方をする)。
そうなれば、自分の心を支配し易く、「大丈夫」と口にすれば、容易く大丈夫と思える。
そして、大丈夫と思えば大丈夫になるし、なんとかなると思えばなんとかなるのである。

「ありがとう」「ツイてる」などといった魔法の言葉と言われるものがあるが、モラルのない、心が弱い人間には、あまり効力はない。
ただ、心が弱い者でも、思い切り苦労したり、温かい人の情けに触れたりして、心が純粋になると、そんな言葉が有効になることはよくある。
だが、そうでないなら、モラル、すなわち、自己制約の力が必要であるのに、このことを言う者がほとんどいない。まあ、これを言うと、本が売れないのかもしれないが(笑)。








  
このエントリーをはてなブックマークに追加   
人気ランキング参加中です 人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ