名言集などには決して載っていないが、私が好きな言葉は、有名なミュージシャンが言ったとして雑誌に書かれていた、
「街角でハーモニカを吹いてさえいれば満足出来るようなやつじゃないとミュージシャンになれない」
だ。
また、ちょっと昔、別に意見を傾聴すべき人とも思わないが、ある大物芸能人が、こう言ったのを覚えている。
「一晩中でもバットの素振りをやっているバッターっていうのは、好きだからやってるんだ」

つまり、優れたミュージシャンや野球のバッターは、音楽やバッティングを本当に好きでやっているのである。
テッド・ウイリアムズという、メジャーリーグの歴史的な名選手がいた。
現在までのところ最後の4割バッターで、生涯出塁率は歴代1位、2度の三冠王は、彼以外にはロジャース・ホーンスビーしかいない。戦争に行かなかったら、ホームランのメジャー記録も達成したかもしれないと言われている。
そのウイリアムズは、子供の時から、起きている時間の全てでバッティングの練習をやりたがり、夜は、親がベッドに押し込まない限り素振りを止めなかった。
こんなこと、好きでないとやれるはずがない。

ちょっと昔と思うが、落合博満さんが中日ドラゴンズの監督だかGM(ゼネラルマネージャー)だった時(両方だったかもしれない)、ある若い選手が度胸で指導を頼んだら、落合さんは、GM室かどこかにその選手を連れて行き、延々5時間、素振りをさせたらしい。
その後、その選手は「迷う度に素振りをした」というが、成功はしなかった。
そりゃそうだ。「迷う度」なんかじゃなく、いつでもどこでも、延々と素振りをするようじゃないとバッターは駄目なんだ。

私は昨年、ある若いイラストレーターの個展に行った。
若くて可愛い女の子にしか見えないそのイラストレーターに、私は、「子供の時からよく描いていたのか?」と尋ねると、予想通り、彼女は「1日中描いていた」と言った。
そうでないと、プロになれるはずがない。

法然は、1日中、念仏を唱え、その数は、1日6万回とも7万回とも言われている。
断言するが、彼は、念仏を唱えることが大好きだったのだ。
彼は、他の人にも、なるべく同じようにやるよう勧めたが、念仏が好きな人でないと無理である。
修行のためとか、極楽往生のために念仏を唱えるようでは駄目なのだ。
法然の『選択本願念仏集』や、親鸞の言葉を唯円が書いたと言われる『歎異抄』を読めば、念仏が好きになる場合があると思うが、そうでないなら、妙好人(念仏によってある種の超人になったような人)になることは諦めた方が良い。

私も、プログラマーの修行時代は、夜中の2時過ぎまで、家のパソコンでプログラミングをしていたが、そうでないとプログラミングの能力はつかない。
スティーブ・ジョブズや、オバマ元大統領らが、全ての人がプログラミングを出来るようにならないといけないなんて言ったという話があるが、そんなこと信じちゃいけない。
好きでないなら、プログラミングなんかやっちゃいけない。
そして、プログラミングを好きになれる人なんて、そんなにいない。
仕事に就くためとか、お金のためにプログラミングをやろうとなんかしてはいけない。
好きならやる、そうでないならやらない。これである。
学校の授業でプログラミングなんかやらせたら、プログラミング嫌いの人が増えるだけだ。
単に、プログラミングが出来る環境を用意すれば良い。

夜中に、自宅の庭や、自宅の前でバットを振っている野球部員らしい者を時々見るが、彼らに見込みはないと私は思う。
イチローもテッド・ウイリアムズも、不可能でない限り、家から離れた場所で素振りをしていた。
家族がいる家の近くでは、素振りに没頭出来ない。
それに、自宅では、やめたくなったら、素振りをすぐにやめられるし、いつでも冷えたジュースやコーラが飲める。
中学生や高校生が、そんなところで本気で素振りをするはずがない。
また、素振りだって、それなりに音を立てる(地面を踏む音やバットを置く時の音等)。ご近所迷惑を考えず、そんなことが出来るというだけで、そもそもスポーツマン失格なのである。
プログラマーやイラストレーターだって、本来は自宅で行うのは、あまり好ましくはないが、これらは家で仕事が出来るから、まだ良い。
しかし、スポーツの試合は自宅では絶対に出来ない。
自宅(特に家族)から離れ、孤独になり、独立心を持ってこそ、真剣な素振りが出来るのである。








  
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