頭を撫でるというのは不思議な行為で、好きな相手に頭を撫でられるのは、とても気持ちの良いものだ。
しかし、嫌な相手に頭を撫でられるのは非常に不快なことだ。
人間は、人の好き嫌いを自分では分からないことがよくある。
だが、頭を撫でられて気持ちが良いのなら相手が好きで、不快であるから、逆に嫌いなのだ。
また、相手が自分に頭を撫でられたがるか、あるいは、頭を撫でてやると喜ぶかで、相手が自分を好きなことが分かるし、逆に、相手が自分に頭を撫でられることを拒否するか、あるいは、頭を撫でてやると不快そうなら、相手は自分が嫌いだということが、かなり露骨に分かる。
面白いのは、自分で自分の頭を撫で、気分が良いか悪いかで、自分が自分を好きか嫌いかが分かるのである。
自分の頭を撫でられないような人は、とてもではないが、他の人の頭を撫でることが出来ない。

子供は、少なくとも、ある時期までは、親のことが好きなものである。
好かれているうちに、子供の頭を撫でてやることだ。

宮本武蔵は、頭に腫物があったことが知られている。
彼は、誰も好きではなく、自分のことも好きではなかったのだろう。
全てではないかもしれないが、頭に腫物があったり、かゆいなんて人は、そんな傾向がある場合が多い。

ところで、額となると、頭(頭頂)よりさらに、好き嫌いに敏感だ。
スイスの有名な精神科医のジークムント・フロイトは、患者の額に手を当てて治療した。
それを自然にさせてくれるくらい、フロイトのことを信頼している、あるいは、フロイトのことが好きな患者でなければ精神治療など出来ないことを、フロイトは気付いていたのだろう。
実際、フロイトは、治療は下手だったらしいが、彼の患者が、フロイトのことを信頼し、感謝していたことはよく知られているのである。
額にできものがある人は、非常に、人嫌い、自分嫌いであることが多いのである。
だから、映画で、人嫌いの役を演じさせる時、わざと額の肌を汚すのである。

そして、額よりさらに敏感なのは胸だ。
鎖骨の中央のほんの少し下の場所で、精神的に敏感な少女でも、女性はもちろん、信頼している男性になら、そのあたりを触られても不快ではなく、むしろ、喜ぶものである。
時々、そのあたりの胸の肌が荒れているような人がいるが、これも、全てではないが、深刻な人嫌い、自分嫌いである可能性がある。

自分が嫌いでは、成功出来ないし、能力を発揮することも出来ない。
他の人を好きになることも出来ない。
自分の胸(鎖骨の中央少し下)を両手でそっと押さえてみると良い(片手でも良い)。
自分を好きなら、温かい気持ちになるし、自分が嫌いなら、わだかまった感情を感じる。
だが、自分が嫌いであっても、そっと押さえる限りは不快感はなく、むしろ、気持ち良いのである。
そのままずっと手を当てていると、自分が好きな人はエネルギーが高まるし、自分が嫌いな人は、心が解け、やはり、エネルギーが高くなる。
そっと胸に当てた手を軽く回転させると、さらに、その効果が高まる。回す方向はどちらでも良いが、自分が気持ち良いと思う方向が良いだろう。

胸でエネルギーを解放することに慣れたら、あるいは、こちらが好みなら、額をそっと手で触れ(両手でも片手でも良い)、同じようにやれば、さらにエネルギーが高まる。
そして、額でも慣れたら、あるいは、こちらが気持ち良いと思うなら、頭頂でやると良い。
ここまでくれば、生命力が高まり、運が良く、願ったことが叶い易くなっているだろう。








  
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