人生が順調な者もいれば、そうでない者もいる。
極端に順調な例が、野球のメジャーリーグで活躍する大谷翔平だろう。
そして、彼を応援する者も、概ねでうまくいっている方ではないかと思う。
ところが、大谷翔平を妙に否定的な目で見る者もいるもので、そんな者はきっと、人生がうまくいっていない者だ。
例えば、自分も高校の時に野球をやっていて、プロを夢見たこともあったが、野球部のレギュラーにすらなれなかったり、所属していた野球部自体は甲子園にまで行き、ベンチには入れたが全く出場出来なかった、あるいは、最後にお情けで代打で一打席だけ打席に立たせてもらったが凡退したといった感じだったとする。
ただ、それでも、悔いなくやったと思ったのなら良いが、うまくいかなかったことが重い嫌な記憶になってしまった者は、大谷翔平のような華々しい者を見ると、憎しみの感情を持ったりする場合もあるだろう。
そんな者を「ひねくれたやつ」とか「歪んだやつ」と言うのかもしれないが、そんな者の気持ちも分からないでもない。
そして、そんな者達は、その抑圧された感情のためか、往々にして、何をやってもうまくいかない。

『僕は友達が少ない』というアニメの中で、三日月夜空(性格は悪いが優秀で美少女)が、頭を抱えて「どうしていつも、こう、うまくいかないんだ!」と吐き捨てる場面がある(第2シーズン「NEXT」の方だが)。
そんなものを見て、感情移入する者は、やはり、自分も人生がうまくいっていない者だろう。
実は、私も、なかなかそうだ(笑)。
ミュージシャンになりたくて頑張ったが駄目だった者、科学者になりたかったが大学にも行けなかった者・・・そんな挫折が、深い心のしこりになってしまっている者もいるだろう。
イギリスの作家コリン・ウィルソンも科学者志望だったが、彼の場合は家が貧しくて高校にもいけず、工場労働者になり、陰鬱な日々を過ごし、ついには自殺をしかけた。まあ、それで、青酸カリをまさに口に含もうとした時に、意識の変革が起こり、ついには、世界的作家になったのだが・・・普通は、自殺しないまでも、陰気にうな垂れて一生を送りかねない。

犯罪者になったり、奴隷同然の最低な人生を送る者も、大抵は、子供の時は夢や希望を持っていたと思うのだ。
それなのに、人生の敗北者になってしまったのは、自分の責任であろうか?
そうとしか言えない場合もあるかもしれないが、ほとんどは、単に運が悪かったのだ。
『レ・ミゼラブル』で、ジャン・ヴァルジャンがミリエル司教に会わなかったような人生だ。
ミリエル司教に会うまでのジャン・ヴァルジャンに感情移入し、涙する者なら、やはり、相当についてないやつだ。
私など、涙が止まらない(笑)。

私は、ミリエル司教に会わない場合のジャン・ヴァルジャンの道を進んでいたが、いつも最悪を免れたばかりか、幸運に恵まれ、安楽な良い想いばかりしてきた。それはもう、奇跡のような展開だった。
そして、それはただ、中岡俊哉の『守護霊占運学』という本を読み、阿弥陀如来真言「オン、アミリタ、テイセイ、カラウン」を唱えていたからに違いない。
ただ、唱え方が足りなかったのだろう。偉人になったわけではない(笑)。それでも、威力が絶大なことは分かった。
人間、そんなに苦労するものではない。
そのためには、私のように、仏・菩薩の真言を唱えるのも1つの手だ。
それで十分だが、私は、その恩恵を受けたこともあり、長年に渡って研究を続け、もっと良い方法があることも分かった。
やり方はいろいろである。
ただし、巷にある、引き寄せの本のような難しいものに取り組んだら、何の成果も出ないまま、あっという間に人生が終わりかねない。
法然や親鸞のように、「所詮、人間に出来るのは念仏くらい」と見極められる人は、賢い人であると思うが、その点に関して「だけ」は私も賢くなったようである。
楽をさせる方法であれば、自信がある(笑)。
それ以上のことは、各自の志の問題であると思う。








  
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