合気道家で、神道の神官でもあった佐々木の将人(ささきのまさんど)氏の著書『数霊のメッセージ』には、「ア」が秘めたる力を持つ言霊であると書かれている。
「アー」と言うと、頭頂部の骨が開き、神が下りて来る。
だから、「アー」と言えば、悩みは解決するのである。
これだけでも憶えておくと良いだろう。

「アー」がなぜ、これほど強力な言霊なのかは分からないが、もしかしたら、これ一語で、真言であったり、神の名であったりするのかもしれない。
ところで、日本人はよく「どっこい」という言葉を使うが、「どっこい」の語源については諸説ある。その中で、これも神の名であるというものもある。
それで、「どっこい」と言うと、気力や筋力が上がるので、無意識にそう言うのかもしれない。

武道や修験道でよく使われる、品格や格式さえ感じさせる掛け声に「ヤー」がある。
「ヤー」と聞くと、我々は、荘厳さすら感じる。
実際、不思議なことに、「ヤー」という掛け声は、正義の味方しか使わず、あまり、悪人が「ヤー」と言うとは思えない。
実は、「ヤー」は、もったいなくも、ユダヤ教やキリスト教の絶対神ヤハウェのことでもある。
キリスト教やユダヤ教と関りのない人でも知らない者はいない「ハレルヤ」という言葉は、「ヤーを褒めよ」という意味で、この「ヤー」が「ヤハウェ」なのである。
そりゃ、立派に使わないといけないのは当然だ。
日本人の起源はユダヤ人だという説がある。それなりに調べたら分かるが、何らかの意味で、そうなのではないかと思う。
それで、日本人は「ヤー」という神聖なる掛け声を使うのであると思う。
さらに、日本とユダヤの関係を暗示することとして、日本語では「ヤ」は「8」であり、日本では、なぜか、神聖な言葉には「八」が付く。
「八咫(やた)の鏡」「八咫烏(やたがらす。神聖な鳥である)」「八幡(はちまん)」「八坂(やさか)」「八雲(やくも)」、その他にもあると思うし、日本の古来からの儀式でも「八」の字を使うものがある。
ところが、イエス・キリストの象徴数も「8」であるらしい。そもそも、キリストは「ヤーの名によって来られた方」と聖書に書かれている。
(ただ、聖書の日本語訳では、なぜか、ヤハウェ、ヤーは「神」「主」と記している場合が圧倒的と思う)
その「ヤー」すなわち「八」が、日本においても神聖な数なのであるから、これからも、日本とユダヤには深い関係があると感じられる。
ここらは、久保有政氏の『神道のルーツとユダヤ』に、様々なエビデンス(根拠)と共に詳しく述べられていて興味深い。

神仏の名を心で唱えるナーマスマラナ、あるいは、それに準じる真言だけが、現在の我々が高次の力の援助を受けることが出来る唯一の方法と言われることがある。
念仏もこれに含まれる。
そして「ヤー」は、最高の神の名であると共に、日本人にも馴染み深い言葉であることが分かる。
もし、ピンと来る神や仏の名がない場合、「ヤー」あるいは「アー」を唱えると良いと思う。
また、別の神の名を唱えている場合も、唱えて良いだろう。
そして、イエスは「私の名で願うことは全て叶う」と言ったが、イエスは日本にも関りが深い存在であるかもしれず、そうであれば(そうでなくてもだが)、その名を唱えることは良いことであると思う。








  
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