元々、魔法使いのようなものだった私が、より魔法を使い易い方法を思いついたら、つれづれに書こうと思う。
スピリチュアルな力の発動方法にだって、向き不向きとか好みといったものがある。
宮本武蔵は木刀を好み、ハンドルに穴を開けてストラップを通し、手首につないでいた・・・英語を混ぜて書くと、なんだか武蔵が可愛く感じるが(笑)。
しかし、武蔵が戦った相手には、槍使い、長刀使い、鎖釜使い、兜割2本使いなど、いろいろいたらしいが、武器の選び方だって、向き不向きや好みがある。
魔法にだって、あって当たり前だ。

そこで、とっておきのものを見つけたのでご紹介する。
それは、「薄目(うすめ)」だ。
薄目になるだけで、魔法の発動条件が整う。
やってみれば納得出来ると思うが、余計な思考が起こらず、ぼーっとしてくる。
思考を消してぼーっとすることこそ、魔法発動の奥義と言って差し支えないが、それがこんなに簡単に整うのである。
実際、いかなる分野でも、出来るやつとか達人は、薄目をする癖があることが分かるはずだ。

何で聞いたのか憶えていないが、中国人の真似をするには、薄目をすれば良いらしい。
なんとなく、分かる気もするが、実際は、特に、今の中国人は薄目をしない。
だが、中国人に薄目のイメージがあるのは、我々には、中国人と言えば少林寺拳法の達人のイメージがあり、少林寺に限らず、中国の武術の達人が薄目をしているのだと思う。
日本でも、宮本武蔵が半眼、すなわち、薄目を重要視していたことはよく知られている。
薄目、半眼には、何やら得体の知れない強さの秘密があることは疑いない。
また、日本のコケシは、目を開いていないが、閉じているという感じでもない。
そうだ、コケシは薄目をしているのだ(最近は、ぱっちりと目を開いたコケシも作られているが)。
精神分析学者の岸田秀氏の本に、コケシが薄目をしているのは、日本人が世間の目を恐れることからきていると書かれていたが、おそらく違う。
コケシは、一体でぽつんとしていても、揺るぎない強さを感じる。その理由が薄目であることだ。
薄目になれば、超越意識に秘められた力が発動されることが、コケシに暗に現わされているのである・・・なんて、こちらの方が荒唐無稽だと言われそうだが、こちらが真実と思う。
また、仏像の大半が半眼なのであり、目を閉じているわけではないことを見ても、そうすることに尋常ならざる秘密があることが分かる。
薄目・・・これだけを憶えておいても良いくらいである

私は、ムンクの『病める子』という絵が好きだ。
ベッドで座っている、おそらくは不治の病の少女の近くで、その母親が絶望するようにうな垂れている。
だが、この絵には、不思議な力の輝きがある。少女の美しい横顔は神々しいほどである。
そして、ムンクは、この絵を薄目で描いたのである。睫毛が視界に及ぼす効果をそのまま絵にしたのだ。その意味は、この絵を見ることはもちろん、あらゆるものを薄目で見ることをお試しいただくと分かると思う。
アドヴァルド・ムンク『病める子』~MUSEYサイト~








  
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