楽で面白く生きる原則は、「万能型ではなく特化型」であると思う。
何か1つを徹底的に磨き抜けば勝てる。

学校や会社では、必ず、生徒や社員を、「何でもそこそこ出来る万能型」にしようとする・・・いや、「しようとする」なんてもんじゃない。「万能型しか許さない」である。
学校では、文武両道、理系も文系も・・・そこそこでいいから、どれも満遍なく出来る特徴のない生徒が可愛がられる。
会社もだ。特に凄いところはないが、何でもソツなくこなす社員が、会社にとって都合が良い。
管理者にとっては、個性派は面倒だし、有り難くないのである。
だから、特に大企業では、一定期間ごとに、社員の部署を移動させることをよくやる。
表向きには、「会社のことが何でも分かることで、将来の幹部になるために」などと言うが、単に、特徴のない、何でもそこそこ出来る、まさに、都合の良い社員にしたいだけである。
だいたい、その会社の全ての部署を回って、その会社のことなら全部分かるようになっても、他の会社では通用しない。
その会社独自の方式・・・早い話が、偏向性を持ってしまうということなのであり、ますます、社外で通用しないようになってしまうのである。
だが、他の事は何も出来なくても、税理士のようなスペシャリストなら、どの会社でも通用する。
もっとも、会社の中で、あまり良い思いをしている税理士を見たことはないが、Excelならマクロ(VBAプログラミング)まで高度に出来るなら、どの会社でも活躍出来る可能性がある。

中学や高校では、数学に特化するのが賢いかもしれない。
歴史や政治などの暗記科目や、古典など不要なものは無視してしまうのである。
そんな生徒は、学校には物凄く嫌われるし、恐い目にも遭わされる可能性がある。私がそうだった(笑)。
しかし、後で考えると、どう考えても、それが正解なのである。
確かに、IQ(知能指数)が高い者であれば、悠々と全科目で良い成績が取れるのかもしれないが、私のような平均以下の者は、全科目取り組んでも、シンドイだけで、どれも中途半端だ。いや、中途半端どころか、何も出来ない劣等生・落第生になりかねない。
西尾維新氏の人気小説『物語』シリーズの主人公、阿良々木暦(あららぎこよみ。高校3年生)がまさに数学特化型で、数学だけは1番で、他は全く駄目というより、初めからやらなかったが、ある意味、能力が必要なのは数学だけなので、それが大正解である。つまり、数学以外は、やろうと思えばいつからでも出来るが、数学は基礎理解が必要だ。
物理や化学も数学に似ている部分はあるが、基礎の基礎さえ押さえておけば、やはり、いつからでも出来る。
数学に抵抗がある人は多いと思うが、それは単に、教え方が下手な教師のせいであり、基礎は誰でも出来る。今は、優れた本が多いので、無能な教師を無視して独学することも難しくない。
ちなみに、私は昔の人だが、数学の授業を聞いたことは全くなく(あらゆる科目もだが)、全て本で理解し、数学の成績はそこそこ良かった。
そして、この独学の習慣は、生涯役に立つ。プログラミングも楽々、マスター出来る。
ちなみに、アインシュタインも数学特化型で、他が出来なかったので大学受験に合格出来ず、制度を利用して無試験で大学に入った。
数学の基礎があるから、物理学で発想が生かせたが、彼の数学は実は大したことはなかったのだ。

プログラミングでも、ソフト開発会社に入ったら、会社は、あらゆるプログラミング言語、あらゆるOSを扱える万能型を可愛がる。
だが、実力があり、良い条件で転職出来るのは特化型だ。
スマートフォンアプリの開発でも、iOSかAndroidかのいずれかに特化する者の方が、会社にとっては駄目かもしれないが、自分は得だし、それに、優秀である場合が多い。
極端には、古いCOBOLしか出来ないとか、LispやSmalltalkのような「本当に使われているの?」といったプログラミング言語しか出来なくても、徹底的に出来れば、良い思いが出来る。
私は一頃、MAGICという業務アプリ開発ツール1本で勝負していたが、それで無茶苦茶、良い思いが出来たのである。
事務系社員であれば、Excelマクロを超人的スキルにまで高めておけば、もう何も心配ないと思う。
Accessマクロが出来る人であれば、さらに一段高い「良い思い」が出来るのではないかと私は思う。

野球だって、野茂英雄さんのように、フォークボール1本で勝負出来るタイプが実は強いし、本人も楽しいのである。
フォークボールの場合は、ストレートもそこそこ速くないといけないが、野茂さんのストレートはまさに「そこそこ」だった。
しかし、フォークが凄いからメジャーで通用したのである。
彼は、打つのも走るのも全く駄目だった。ハナからやる気がなかったはずだ。
ところで、フォークと、そこそこのストレートどころか、ナックルボールという変な変化球しか投げないが、超一流になったピッチャーもいる。
このピッチャーは、普通にやっていれば、3流投手にもなれなかったかもしれない。

武道家の堀部正史さんの本で見たが、あるヤクザのおじさんは、喧嘩では「脚折りキック」という技1本でやっていたが、その技のキレ味は感動的だったと、堀部さんは書かれていた。
おそらく、このヤクザのおじさんは、体力はなく、他にも見るべきところがない落第ヤクザなのかもしれないが、この脚折りキックのおかげで、畏怖され、誰からも一目置かれていたのである。
プロレスで、かつて、超スーパースターだったフリッツ・フォン・エリックは、握力を鍛え上げ、クロー攻撃という、顔や胃袋を手でひたすら掴むという技だけでトップになった。後は、殴る蹴るだけであるが、クローが凄いからこそ、パンチとキックまで迫力を感じさせるところもあったと思う。

他にいくらでも、特化型、スペシャリスト型がお得で楽しいという例があると思う。
あなたも、是非、スペシャリスト、特化型になりなさいと言いたい。
使い捨ての、いい子の万能型などになってはならないと私は思う。








  
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