先のことを考えるべきかというと、考えない方が良いかもしれない。
どうせ、思った通りにはならないのだから(笑)。
そうは言っても、社長さんなら、従業員の生活のこともあるし、会社の事業の先行きとかいろいろ考えるだろうが、極めて優秀な事業家、政治家、軍司令官は、計画がピタリと当たり、着々と目的が達成されているように見えて、実のところ、最初の狙いとはかなり外れているものなのだ。

昨年の米大統領選挙で、トランプ大統領は元々は勝つつもりだったが、勝ってしまうより、これまでのようになったからこそ、アメリカ人はもちろん、日本人も多くの人が、世界の真実に目覚めることが出来たのだ。
もし、当たり前にトランプ大統領が勝っていたら、そうはならなかったのであるから、結果、超オーライなのである。
このことにより、超トップクラスの政治家にも、とんでもない愚鈍なじいさんもいれば、議会のトップにだって、想像も出来ない悪人もいることが見えてきて良かったのだと思う。
陰謀論ではあるが(笑。一応)、トランプ大統領は2024年を待つまでもなく、表の権力も取り戻すかもしれない。

ラマナ・マハルシが言ったことをよく味わうべきである。
「ある財務長官は、責任感を持って務めを果たしている。しかし、彼は何もしていない」
「ある事業家は、大きな事業を為しつつある。しかし、彼は何もしていない」
つまり、有能な財務長官も事業家も、自分を行為者とみなしていないのだ。
そして、彼らは、次のようにしている。

どんな重荷を負わされようと、神はそれに耐える。神の至高の力がすべてのものごとを動かしているというのに、なぜわれわれはその力に身をま
かせず、何をどうすべきか、どうすべきではないかと思い悩むのだろうか? われわれは列車がすべての荷物を運んでくれることを知っている。
列車に乗ってまでも、自分の小さな荷物を頭にのせて苦労する必要がどこにあろう。荷物をおろして安心しなさい。
~『私は誰か?』(ラマナ・マハルシ口述)より~

敢えて言えば、先のことを考えるのではなく、明確な目標を立てることだ。
特に日本では、どこかの大学の受験合格を目標にすることがよくあるが、それは喩えて言えば、何に使うのか分からなくていいから絵筆を手に入れることを目標にして、それにこだわるようなものだ。
絵を描きたいという衝動があれば、絵筆は手に入るものだ。
同じく、弁護士になりたいとか物理学者になりたいという目標があれば、それなりの大学に入るだろう。
だが、我々は、子供の時から、「何のためかはどうでもいい。とにかく、これを目指せ」と言われて育ったのだ。

明確な目標を持った人間は、日本では1パーセント以下だそうだ。
本当のことを言うと、紙に書いたら願いが叶うのではなく、明確な目標を持った人しか目標を紙に書かないだけのことだ。
明確な目標を持たないと、自我や感覚を喜ばせるだけのことを目標だと思い込んでしまい、浮遊霊や動物霊の良い餌食になる。まあ、浮遊霊や動物霊にだって餌食は必要だが(笑)、別に、あなたが餌食になる必要はあるまい(超マゾなら知らないが)。

大芸術家の横尾忠則氏が本に書かれていたが、十代の時に好きだったことに、目標にすべきことのヒントがあるらしい。
ただし、日本では、子供の時に既に、偽物の目標を持たされている場合も多く、それを思い出しても仕方がない(笑)。
しかし、誰だって、三度の飯より好きなことが何かあるはずだ。
いつもお薦めするが、『イット・ワークス』の手順を利用し、目標を明確にするのも良いと思う。








  
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