人類の中の4パーセントほどが、高い集中力を持っている。
この4パーセントの者がなぜ集中力を持っているかというと、訓練したからだ。
この訓練とは、幼い頃から毎日、決まった時刻に、親と一緒にお祈りをしたとか、武道の稽古をするとかで、これを、嫌々ではなく、肯定的、積極的に行ってきたのである。
親に集中力がないのに、子供に強要しても、子供は真面目にやる気が起こらないので、集中力は身に付かない。
集中力とは、スポーツや勉強で要求されるものと基本的には似ているが、これらでは、根性とか忍耐が要求される傾向が強い。
しかし、本来の集中力とは、単に、「心が一方向に向いている」ことだ。
例えば、お腹が空いている時に食べ物があると、そこにだけ意識が向かうようなものだ。そんな時は集中力がある。
一方、嫌々勉強をさせられると、勉強に向かう意識は少なく、意識は他のものに向かう。そんな時は集中力がない。

集中力がある人間は優秀だ。
なぜなら、世界は心が作る幻想のようなものだが、集中力が高いほど、理想通りの世界を速やかに作ることが出来るからだ。
そんな訳で、我々は、集中力を身に付けないといけないし、それが身に付く訓練をしなければならない。
ところが、支配階級の者達は、自分達だけが楽しい思いをするためには、自分達以外の人類には集中力を持たせない仕組みを作っている。
勉強やスポーツを本当には楽しめないよう、歪んだ学校生活を送らせる奇妙な規則を作り、毎日長時間テレビを見せ、その中で興味をコロコロと変えさせ、また、下らない沢山のレジャーをテレビで宣伝して誘惑し、また、社会的に様々なことを強制して、それぞれに細切れの注意を向けさせる。
結局、庶民の心は安定せず、あっちに注意を向け、こっちに注意を向けといったことを繰り返す状態になる。
もう集中力なんて、あったものではない。
また、詳しくは述べないが、庶民の心自体を弱くするよう万全を期しているので、なおさら、庶民は「集中」に縁がない。

集中力を得れば巨大な力を得る。
好きなように世界を作ることが出来るのだから。
自然に集中出来る好きなものがあれば良いのだが、いろんな好きなものを用意して1つのものに集中させないのが闇の支配者の手だということを忘れてはならない。つまり、あまり「好き」にこだわらないことだ。
例えば、いくらアイドルが好きでも、それさえあれば、食べなくても良いとか、ホームレスでも良いという訳ではなく、アイドルみたいなものが好きな者ほど、いろんな小さなことにこだわるものだ。
で、集中を得るには、言葉を使うことが簡単だ。
いわゆる、呪文のようなものだ。
ある程度、好きな言葉が良いが、肯定的であれば何でも良い。
それを、なるべく多く繰り返す。
法然が1日6万回、念仏を唱えたように。
法然や親鸞というのは、元々、業の深い人間で、集中力がなくて散々な目に遭ったので、ある時期から、集中して念仏を唱えるようになったのだろうと思う。
人には見せなかったが、法然なんて、最後は相当な魔法使いだったはずだ。

集中すれば何でも出来る。
七田眞氏の『奇跡の超「右脳」開運法』に書かれているように、ホームレスになった最低の駄目男でも、1日中、「神様の奇跡が起こる」と唱えていたら、2~3週間ほどで1憶円手に入れたように。
黒住宗忠が、ハンセン氏病(らい病)に罹った武士に、1日1万回「ありがたい」と言わせたら、1週間で治ってしまったように。
極めて過酷な、特殊部隊ネイビーシールズの入隊試験に合格する者を調べたら、頭の中で「大丈夫」などの言葉を繰り返していたことが分かったように。
ジョセフ・マーフィーの『あなたも金持ちになれる』に書かれていたが、売れない女優が、いつでも出来るだけ多く「歓喜、成功、富」と唱えていたら、女優として成功したように。
般若心経の呪文や、「アジマリカン」に霊力があるかどうかは示し難いが、これらを多く繰り返せば、やはり無敵なのだ。
そんな訳で、何か前向きな言葉を1つ、いつでも唱えるようにすることをお薦めする。
呪文とか、自己暗示とか、アファーメーションとか、神の名とか、「大丈夫」「絶好調」などの肯定的つぶやきとか、「私とは?」といった哲学的だが興味深い命題とか・・・
何もなければ、「ありがたい」か「神様の奇跡が起こる」をお薦めする。








  
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