仮想現実技術が進歩すると、現実世界と仮想世界の区別がつかなくなるだろう。
そんな世界の話を映画にしたのが、『マトリックス』シリーズだ。
この映画の中では、一般の人間は、肉体は点滴のようなもので生命が維持され、脳とコンピューターが人工神経で接続されることで、精神は夢のような仮想世界で活動し、そこを現実世界と思い込んでいる。
アニメでは『ソードアート・オンライン』を始め、そんな仮想世界で活躍するヒーローやヒロイン達の物語が沢山あるが、1999年には既に、それとほぼ同じ概念の仮想世界を舞台とする漫画・アニメの『コレクター・ユイ』という作品があり、今見ても結構面白い。

そして、特にテクノロジーに詳しい人は、この世界が既に仮想現実であるかもしれないと考えるようになってきた。
世界一の大富豪イーロン・マスクは、この世界が仮想世界でない可能性はほぼゼロと言い、彼の影響もあるかもしれないが、ある時期から、この世界が仮想世界で「ある」と考える者が明確に増えたと思う。
いや、古代インド哲学では既に、世界はマーヤー(幻影)であると考えており、現代の、この世界が、「シミュレーテッド・リアリティ」という仮想世界であるというのも、「いまさら」というものかもしれない。

その通り、この世界は仮想世界(今流にはシミュレーテッド・リアリティ)である。
『マトリックス』や、『ソードアート・オンライン』のような仕組みと同じかどうかは分からないが、要するに、五感で感じていることは全て「作り物」である。
これについても、視覚と聴覚を持たなかったヘレン・ケラーが、大学生の時に既に、「五感は幻想、考えだけが真実」と断言していた。

そして、我々にとって興味があるのは、そして、興味を持つべきなのは、この作り物の世界を、好ましい形に出来るか、あるいは、支配出来るかということだろう。
上記の映画やアニメには、そのヒントが沢山語られており、実際、見てみることをお薦めする。
確かに、『ソードアート・オンライン』では、コンピューターの世界で言う「高いシステム権限」を持っていれば、世界を自由に支配出来るだろう。逆に言えば、システム権限が低ければ自由度が小さく、弱い存在となる。
ただ、それだけでなく、『マトリックス』でも、『ソードアート・オンライン』、あるいは、その他の作品でも、精神力を軽視していないことが分かる。

これは、勝手な推測である。
「キング・オブ・ポップ」と呼ばれたアメリカの歌手マイケル・ジャクソンは、あれほどの人だから、世界の支配者とも交流があり、この世界の有り様を知っていた。
本質的に親切で優しい彼は、普通の人々に、このことや、世界を動かす方法を教えたかったが、それをすれば簡単に殺される。
そこで、歌にして人々に教えたが、なかなか気付いてもらえなかった。
だが、やはり、彼の歌にはヒントがちりばめられているのである。
それがバレて殺されたのかもしれない。
まあ、妄想である(笑)。
要は、心の力を信じ、何かに集中することだ。

そんな訳で、やはり、我々は、アファーメーション、自己暗示を熱心にやると良いと思う。
釈迦は、かなりのノウハウを説いたが、普通の人に、そんなものがなかなか分かるはずがないので、龍樹や善導や道綽、それに、法然や親鸞は、念仏を唱えることだけに集中するよう教えたのではないかと思う。
これが、この世界の管理者権限を持たない者に残された唯一のやり方かもしれない。
そして、現代の我々は、いろいろなアファーメーションや自己暗示を見つけることが出来る。
もし調べたり考えたりするのが面倒なら、「神様の奇跡が起こる」と唱えようではないか(笑)。
もちろん、自分で好きなものを探すと良いのである。








  
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