笹沢佐保(1930~2002)さんの時代劇小説『木枯らし紋次郎』シリーズは、第2部の『帰って来た紋次郎』シリーズと合わせると、紙の書籍で19巻という長編だ。
貧しい農家に生まれた紋次郎という名の男は、10歳で家を捨て、やがて、剣と博打を頼りに、「死ぬまで生きる」旅をしていた。

そんな生き方をした人間は沢山いたかもしれない。
その大半は、若いうちに死んだに違いなく、もし、生きられるとしたら、賢かったり、戦いが強いことももちろんだが、運が良かったのだと思う。
そして、そんな人間は、意識せず、引き寄せが出来るようになっていたに違いないと思うのだ。
『木枯らし紋次郎』シリーズを読んでいたら、それを強く感じるのである。
紋次郎はまさに、引き寄せの秘訣を知っていた。

紋次郎は、乞食と変わらないほどボロボロの服を着、ロクに食べられないので、身体は不気味なほど痩せていたが、30歳過ぎまで生きていられたのは、経験によって得た賢さと、剣の腕のおかげだった。
ただ、剣の腕が立つとはいえ、あくまで、経験と度胸が頼りの喧嘩剣法だ。何度か、武士や元武士である本物の剣の達人と対峙するが、正面切って戦えば勝てるはずがない。しかし、そんな場面での紋次郎の戦いぶりもまた、本作の見どころの1つである。
紋次郎は、やむにやまれぬ時以外は戦わないが、剣が命なので、いくら貧しくても、剣(武士の刀よりやや短い長脇差と呼ばれるもの)だけは、良いものを持っていた。
だが、ある時、紋次郎は、因縁をつけられて、やむなく剣で戦った際、剣を折ってしまった。
これは緊急事態で、すぐに剣を治すか買うかしないと生命の危機である。
良い剣を買うほどの金がないと、治すしかなく、適当な鍛冶師がいないか探していると、山奥に良い鍛冶師がいるという噂を聞き、そこに行ってみた。
そこに居たのは、天才鍛冶師だった。
この天才鍛冶師は、訳あって、こんな山奥に潜んでいたが、名刀を打つ情熱を静かに燃やしていた。
そんな高貴な天才刀鍛冶師と、乞食のような流れ者のヤクザでは、本来は話にならないが、紋次郎は剣を必要としていた。
そして、天才鍛冶師は、今や、一世一代とも言える名刀を製作中だった。
しかも、何と、紋次郎の刀の鞘にぴったりのサイズだった。
だが、天才鍛冶師に、「これはあなたには売りません」と言われる。当然だ。
そもそも、売ってくれるとしても、それほどの剣を買う金があるとは思えない。

紋次郎は、その天才鍛冶師が、仕事を始める早朝から、その仕事を離れた場所からじっと見ていた。
その名刀は、まさに仕上がろうとしていた。
天才鍛冶師は、静かに、中断せず仕事を淡々と続ける。
紋次郎もまた、静かに、身動きもせずに、それを見ていた。
そして、空が夕焼けに染まる頃、名刀は遂に完成した。
すると、天才鍛冶師は、紋次郎のところに歩いてきて、無言で手を出し、紋次郎は、折れた刀が収まった鞘を渡す。
天才鍛冶師は、柄から折れた剣を外し、完成したばかりの剣をそれに付けた。
そして鞘に納めると、黙って紋次郎に手渡した。

痺れるシーンだった。
ここに、神聖なる引き寄せの極致があると感じた。
ただ、この話が、どの巻にあったかは分からない。








  
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