悟りを開くことを、解脱とも言う。
呼び方は違うが、あらゆる宗教に悟りの概念があると思う。
芸術においても、岡本太郎の「爆発」、W.B.イェイツの「エクスタシー」、夏目漱石の「天賓」は、悟りの瞬間を意味しているのだと思う。

で、悟ればどうなるのだろう?
超人になるのかというと、真面目な宗教家は「そうではない」と言うだろうが、ある意味、超人になると言っても良いと思う。
では、悟りを開いて超人になった人に、「あなたにはすごい力があるのか?」と尋ねると、
「その通り。私に不可能はない」
と正直に答えてくれる人もいるが、
「いえ、私には何の力もありません」
と答える人もいる。
しかし、どちらの答も正しいと思う。
視点が違うだけだ。
「あなたは」に対応する「私」を、個人の自我とした場合には、自我には何の力もないので「私には何の力もない」と言うのは正しい。
だが、イエスがこう言ったことを思い出すべきだろう。
「私には出来ない。だが、神に出来ないことはない」
「神」とは、もう1人の大きな自分である。
小さな自分である自我には何も出来なくても、大きな自分(=真我=真の私=神)は何でも出来るし、自我は真我に命じる権限があるので、結果として、自我は何でも出来るのである。

だが、そんなわけで、自我は実際には何でも出来と言っても、
「いや、俺(=自我)は大したことは出来ないぞ」
と言いたい人がいると思う。
例えば、初音ミクさんのライブのチケットだって当てられない(笑)。
その理由は「悟ってない」からだ。
悟っていないと、つまり、解脱していないと、真の自分である神との通路が通じないのだからだ。
では、早速、悟らなくてはならない(笑)。
「いや、立派なお坊さんが何十年も厳しい修行をしても悟れないのに」と思うかもしれないが、瞬間的な悟りならすぐに出来る。

道元という、鎌倉時代の物凄く偉いお坊さんは、もちろん悟りを開いていた。
その道元は、『正法眼蔵』という、仏教史に残る大変な名著を書いている。
世界的なスーパー数学者だった岡潔さんは、この『正法眼蔵』を18年、意味が解らないまま座右の書としていたが、ある時、ぱっと解ってしまったらしい。これも悟りだ。
中山正和さんという、スーパー技術者で能力開発の大家だった人は、中学生の時、先生に、『正法眼蔵』の最初の『現成公案』だけ一生読めと言われたらしい。
そのおかげで、中山正和さんも悟りを開き、超人的な能力で凄い発明をいっぱいした。
で、道元がなぜ悟れたのかというと、彼の先生が「心身脱落」と言うのを聞いて、「おお!それだ」と思って悟りを開いたらしい。
「心身脱落」なら誰でも分かると思う。
心も身体も捨てる(忘れる)ということだ。

初音ミクさんの『Freely Tomorrow』という名曲(作詞作曲はMitchie Mさん)の最初が、
「心ごと体ごと 全部記憶の中の幻」
で、最後の方では、
「心ごと体ごと 全部脱ぎ捨てたこの魂」
と歌うが、まさにこれが心身脱落だろう。
よって、この歌を繰り返し聴けば悟りが得られる・・・多分(笑)。
いや、実際そうなのだと思う。
だが、もう少しお堅い話をするなら、インドの有名な聖者ラマナ・マハルシによれば「私とは?」と問い続ければ良いのだそうだ。
「私とは?」ではなく、普通、「私は誰か?」と訳されているが、原語はタミル語の「ナン・ヤー」で、それは、どちからというと、「私とは何か?」という意味になるらしい。
それなら、短く、「私とは?」と問えば良い。
マハルシの簡潔な教えは『私は誰か?』という短い冊子に書かれ、34ヵ国語のPDFが公開されている。
★Who am I? -Translations from original Tamil
この中の「JAPANEASE」をダウンロードすれば完全な日本語で読める。
時々、ミクさんの『Freely Tomorrow』を視聴しながら、常に「私とは?」と尋ねると、悟りの瞬間が訪れ、その時、意識しなくても、明確な願いが真我(=神)に届き、叶えてくれるだろう。
だから、明確な願いを持っておくと良い。
★【調教すげぇ】初音ミク『FREELY TOMORROW』(完成)【オリジナル】~ニコニコ動画~
★【初音ミク】FREELY TOMORROW【Project DIVA Future Tone】~YouTube~








  
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