神仏の助けを得て強くなるには、イエス・キリストは「明日を思い煩うな」と言い、釈迦は「妄想するな」と教えた。
これは、共に、「無駄なことを考えるな」ということと言って良いと思う。
発明家・啓蒙家の中山正和氏は、これを、「頭の無駄遣いをするな」と上手く言い、もっと一般的には、「クヨクヨするな」だと言った。
中山氏は、脳の働きの徹底的な研究から、そう考えたのである。
さらに具体的に言うなら、
「嘘の情報を頭に入れて、頭のイメージを乱すな」
「呪文を唱えて、頭のイメージを整えよ」
といったことを薦めた。

例えば、オバケという、存在もしないもののイメージを頭に入れれば、頭のイメージが狂って馬鹿になり、直観も鈍り、引き寄せも出来なくなる。
「いや、オバケは存在する」と言っても、実際に見た訳ではないだろうし、百歩譲って見たことがあるとしても、はっきりとは見なかったはずだ。
そういった嘘の情報は、人間の能力を駄目にする。
彼が浮気したという証拠がある訳でもないのに、彼の浮気場面を妄想しても、やっぱり馬鹿になる。
頭が悪い人の特徴は、
「ひょっとしたら、こうじゃないだろうか?」
と思ったら、すぐに、
「きっとそうだ」
と思ってしまうことだ。
頭の良い人は、実際に見て、確かめるまでは、判断を保留する。
とびきり頭が良いルネ・デカルトは、
「嘘か本当か分からないなら嘘とする」
だけでなく、
「単に、本当らしいという程度のことは嘘とする」
「疑いようもなく正しいこと以外は全部嘘とする」
と、超徹底していた。
まさに、頭が悪い人の真逆だ。
是非、見習いたいものだと思う。
実際、見習っていた時には、私ですら、頭が良い人のようなことをしていたのである(笑)。

そして、何と、中山正和さんは、「妄想しない」「嘘を信じない」「よって、馬鹿にならない」ための妙法が呪文と言ったのだ。
そりゃそうだ。
呪文を繰り返していたら、妄想は出来ず、嘘のイメージを保てないからだ。
中山さんは、般若心経の呪文がお気に入りだった。
そりゃ、あれ唱えている間、妄想なんて出来るはずがない(笑)。
ちなみに、般若心経の呪文は、中国語では、
「ぎゃてい ぎゃてい はらぎゃてい はらそうぎゃてい ぼじそわか」
で、サンスクリット語では、
「ガテー ガテー パーラガテー パーラサンガテー ボーディスヴァーハー」
である。
細かい部分は、まあ、良いのではと思う(笑)。
例えば、中国語の最後を、「ぼじそわか」ではなく「ぼうじそわか」と書く人もいるが、まあ、別にどっちでも(笑)。
玄奘三蔵法師が、中国からチベット経由でのインドという、当時は絶望的に難しかった旅行を難なく出来たのは、この呪文をずっと唱え、超能力を発揮し、神仏に守られたからだという伝説があるが、あながち嘘でもないと思う。
もちろん、「南無阿弥陀仏」でも「南無妙法蓮華経」でも「アジマリカン」でも良いのである。
仙人の特徴は、常に呪文を唱えていることだと聞くが、逆に言えば、常に呪文を唱えているから仙人になったのかもしれない。
キリスト教徒なら、詩編91を唱えるかもしれない。
詩編には意味があるが、肯定的な固定した言葉は、妄想を起こさず、頭のイメージを整然とさせ、しかも、生命力を高める可能性があるので、非常に良いのではと思う。








  
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