どんな人であっても、自分は強烈に洗脳されていると思った方が良いと思う。
「少しは洗脳されている」なんてものではない。
どこぞの悪名高い専制国家の国民と同等・・・ひょっとしたら、もっとひどいかもしれない。

それならもう、インドのジッドゥ・クリシュナムルティのように、「私は何も信じない」と決心した方が良いとも思うが、そのクリシュナムルティだって、かなりの部分で洗脳を免れていないかもしれない。
クリシュナムルティは、ガンジーやマザー・テレサのように、皆が泣いて褒め称える人達だって、悪の根源と言うような人である。
まあ、本当は、善いとも悪いとも言いたくないのかもしれないが、そのくらいの言い方をしないと、普通の人には話の要点が伝わらないのだと思う。

ルネ・デカルトも、絶対に何も信じないと決めた人だった。
しかし、それでは社会で生きていけないので、法律と伝統的な道徳にだけは従うことにした。
それで、大体うまくいってたのだと思う。

洗脳されると頭が悪くなり、今や、普通の日本人で、本当の頭脳の力の3割も使えないようになっていると思う。いや、実は、数パーセントしか使えていないという話もある。
そして、頭脳そのものより、精神の力を奪われていて、不満が多く、不安に苦しみ、直観で分かって当たり前のことが分からず、精神を媒介する引き寄せも全く出来ない。
洗脳が強いほど社会の下層にいるのかというと、必ずしもそうではなく、一見、上層にいながら下層の人々より苦しい者も多いのだ。

イエス・キリストは、洗脳を免れることが出来るよう人々を導いたが、それは、神と天国という害の少ないストーリーで、悪意のない洗脳を行うことによってだった。
イエスが、「神と悪魔の両方に仕えることは出来ない」と言ったように、人間は、2つの異なる洗脳を受け入れるようには出来ていない。
それなら、害がない洗脳を先に入れておけば良く、既に、害のある洗脳を受けている者は、良い洗脳と入れ替えれば良い。
そのためには、何を信じれば良いのだろう?
それは福音書に書かれている。
誰かがイエスに「第一の掟は何か?」と尋ねると、イエスは、「神を愛せよ」と即答した。
これが、トランプ大統領やウッド弁護士の言う、「政府や大統領を崇拝する国ではなく、神を崇拝する国にする」ということだ。
だが、ある巨大な勢力である敵は、アメリカ人に別のものを崇拝させようとしている。
それが何か分かっているが、私も恐くて言えない(笑)。

我々は、経典と言うよりは、法然の『選択本願念仏集』や、親鸞の教えを書いた『歎異抄』を理解することで、阿弥陀仏を崇拝して念仏を唱えた方が良いかもしれない。
数学者の岡潔や、おそらく、物理学者の湯川秀樹もそうしたのだと思う。
もちろん、他に好ましく思うものがあり、それが害のないものなら、それを信じれば良い。
そうすれば、頭も良くなり、引き寄せもうまくなると思う。








  
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