時々忘れるが、私が奇跡を起こすコツは「決めつける」ことで、これは、子供らしい子供ならやっていることである。
私が小学校4年生の時、たまたま天体望遠鏡を譲ってもらい、それで土星を見たいと思ったのだが、私には、天文の知識など全くなかった。
しかし、私は、健康的な子供に戻り、「土星を見ることが出来る」と決めつけた。
そして、適当に1つの星を選んで望遠鏡で見ると、その星には輪があった。
どんなヤバいことでも、この方法でうまくいった。
逆に、決めつけてからやらなかったことは、うまくいかなかった。

「決めつける」とは、「決断する」ことと、多少は違うが似ている。
うまくいかない人は、決断が遅い、あるいは、決断出来ない。
喫茶店やレストランで注文をする時、なかなか何を注文するか決めることが出来ず、迷う人がいる。
残念ながら、そんな人は、人生が順調でないはずだ。
別に、軽率であることを薦めたい訳ではなく、注文する時にも、ちゃんと考えれば良いが、大物はやはり、少し考えたら、ぱっと決めるのである。
駄目なやつは、「うーん」といつまでも迷い、挙句、注文を取りに来た人に、つまらないことを質問して時間を無駄にする。
人間性も良く、頭も悪くないのに、決断が遅くて人生を損している人を見るのは、辛いところもあるのだ。

では、なぜ決断が出来ないのだろう?

私が大好きな決断の場面がある。
CLAMPの漫画『ツバサ』(アニメでは『ツバサ・クロニクル』)の中のものだ。
小狼(シャオラン)は、サクラ姫の命を救うために、「時の魔女」と呼ばれる女に助けを請う。
時の魔女が、手を貸すには対価が必要だと言うと、小狼は即座に承知する。
これには、さすがの時の魔女も「私はまだ、対価が何か言っておらぬぞ」と驚く。
だが、対価が何かなど、小狼にはどうでも良かった。
それが何であろうと払うつもりだった。
滅多なことで人を褒めるとは思えない時の魔女も、そんな小狼を「お前は願いを叶えるために必要なものを全て持っている」と称賛した。
(以上、昔、借りて1回読んだだけなので、細かいところは違うと思う)

そういえば、建築家で波動の研究者である足立育朗氏は、『波動の法則』などの著書の中で、何度も「決意する」ことの大切さを説かれていたと思う。
そして、大胆に決意(あるいは決断)するためには、やはり、何かを信じていないと駄目なのであると思う。
小狼は、サクラ姫が、何より大切な存在であることを疑っていない。
トランプ大統領がもし神を信じているなら、敵がいかに巨大であっても戦うことを即座に決断したのだろうし、決して諦めない。
念仏を信じて唱えている者は、やはり、不退転の決意を持つものである。
クリシュナムルティは「私は何も信じない」と言ったが、見えるものではない何かを信じているのだ。
デビルマンも言ったではないか。
「俺は誰の言うことも信じない。ただ1人、牧村美樹を除いてはな」
何かを奨める訳ではないが、神を信じる者は強い。
アメリカの硬貨には全て「我々は神を信じる」と刻印されているが、国民がそれを承認していた時のアメリカは、本当に強かったのである。
私は、小狼のようでありたいと思う。








  
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