必死に考えている時には良いアイデアは出ないが、考えに行き詰まったり、考えるネタがなくなったり、あるいは、単に考え疲れ、何も考えていない時に、ぱっと良い考えが浮かぶことがよくある。
仕事においても、難しい問題を前に、ジタバタしている時は全く埒(らち)が明かないのに、手詰まりになって何もせずにいると、勝手に問題が解決することがある。
大きな問題を扱う事業家や政治家、弁護士などは、解決出来そうにない状況に陥った時には、熱心にお祈りをする人が、普通の人以上によくいる。
それで神の導き、神の助けが得られ、自ずと良い結果になるのである。

マイクロソフトが、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)に入らないのは、おそらく、SNSで強いものがないからだろう。
しかし、現時点で、マイクロソフトは時価総額世界3位で、IT企業ではアップルに次いで2位で、アマゾン、グーグル、フェイスブックを超えている。
そのマイクロソフトにも、衰退・・・というより破滅の危機があった。
1990年代にインターネットが普及してきた時、マイクロソフトはインターネットにそれほど積極的でなかった。
今考えると不思議だが、当時は、インターネットが、それほど重要なものになると思われていなかった。
WIRED誌創業者のケヴィン・ケリーが、ABC(アメリカン・ブロードキャスティング・カンパニー)に、abc.comドメインを取得するようアドバイスした時、ABCの幹部達は全く興味を示さなかったという時代だ。
業績絶好調であったマイクロソフトだが、社長だったビル・ゲイツは先行きに不安を感じ、社長室に5日間、閉じこもった。
そして、社長室から出てくると、全社に対し、「わが社はインターネットに全面的にシフトする」と宣言した。
これがなかったら、マイクロソフトは消滅していたかもしれない。
ロータスやノベルといった、一世を風靡した巨大IT企業が本当に消えたように。
頭が良いことで有名なゲイツは、5日間、社長室に閉じこもっていた間、初めは理詰めで考えていたのだと思う。
だが、おそらく、考えることがなくなったはずだ。
なぜなら、未来がどうなるかなんて分からないのに、その未来にどう対応するかの問題だからだ。
どんなに頭が良い人が、沢山の情報を元に考えても、予測は外れることが多いのだ。
だが、ゲイツが考えることを止めた時、予測出来ないはずの未来が確信を持って「見えた」に違いない。
ゲイツが祈っていたかどうかは知らないがね。
およそ、ゲイツにはお祈りが似合わないような感じはする。

無我、忘我になれば、知恵が出てくる。
科学者や事業家は、まず理詰めに考え、考えが尽きた時に忘我になって、知恵が出てくる。
芸術家だって、例えば、ベートーヴェンは、楽譜の中のたった1つの部分を、何度も書き替えながら、いつまでも満足出来ずに悩んだが、もう諦めて考えなくなった時「これだ!」という音が浮かび、それで満足したらしい。
なるほど、アイルランドの「20世紀最大の詩人」W.B.イェイツが「芸術の目的はエクスタシー(無我)だ」と言った通りだ。
岡本太郎は「芸術は爆発だ」と言ったが、この爆発は暴力的なものではなく、宇宙に向かって広がることであり、これも、つまるところ、無我になることなのだ。
道元だって「仏道とは自己を忘れること」と言ったが、これも全く、無我になることだ。

無我になるとは「考えない(思考しない)」ことだが、実のところ、考えない・・・頭の中のおしゃべりを止めることは、とても難しい。
頭の中のおしゃべりを止めれば天才なのである。
だが、呪文を唱えたり、聖書の言葉を敬虔に繰り返せば、それを実現出来る。
第二次世界大戦中、あるイギリスの陸軍大佐が、自分の部下全員に、聖書の詩編91を暗記させ、よく暗唱させたそうだ。
そうしたら、5年の間戦い続け、1人の死者も出さなかったという。
無我になることで、知恵が湧き、幸運にも恵まれるのである。
玄奘三蔵は、般若心経の呪文をずっと唱え、極めて難しい、中国からチベットを経由したインドへの旅を無事成し遂げた。
念仏も、そんな効果が抜群であったことは、明治から昭和初期にはよくいたと言われる、妙好人と呼ばれる庶民の念仏者達が証明してくれている。
そんな訳で、念仏、呪文を唱えよう。
もちろん、詩編などの聖書の言葉、神道の祝詞など、自分のお気に入りのもので良いのである。
以前、何度も紹介したが、あるホームレスの男性が「神様の奇跡が起こる」と唱え続けることで、1憶円の宝くじが2回当たったのも(世界的教育学者、七田眞氏の著書『奇跡の超「右脳開運法』より)、同じ原理であると思う。








  
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