アメリカの大統領選挙の様子を見ると、ついに正義の時代が来るのだと思う。
個人的には、トランプが正しく、1月には、2期目のトランプ政権が始まると確信しているが、いずれにせよ、今回は、神は正しい方を勝たせるように思う。
もし、自分が悪の立場に立っているなら、早く態度を変えなければならないことを知らせているように感じるのだ。

こう言うと、「正義の定義とは何か?」と言う者がいるだろう。
そう問う意味は、「正義は定義出来ない。だから、正義とは何かは分からない」と言うことだろう。
本当は正義なんてものは存在しないということの根拠として挙げられるものに、「トロッコ問題」がある。
今の時代、トロッコが何か分からないかもしれないが、まあ、無人電車とでも思えば良い。
暴走するトロッコの先には、5人の人間がいて、そのままでは、5人はひき殺されるとする。
だが、自分の目の前に、線路切り替え機があり、それを操作すれば、トロッコは進路を変え、5人は助かる。
しかし、トロッコが進路を変えた先には、1人の人間がいて、今度は、その1人が死ぬことになる。
尚、線路切り替え機を操作して、その1人を殺しても罪には問われないとする。
また、そのまま放置して5人が死んでも同様(罪に問われない)とする。

正義はどちらも選べない。
「1人を殺して5人を救うべき」というのは、正義ではなく、理屈である。
よって、理屈は役に立つが、正義は役に立たないと言われる。

だが、そうではない。
そんな状況は滅多に起こらない。
だから、そんなことを考える必要がない。
我々は、そんな特殊な事態を基準にせず、当たり前の正義を行えば良い。
もし、判断不能に陥るような特殊な状況が起こったら、判断しないことだ。
そうすれば、神が判断してくれるかもしれない。
例えば、こんなことがあった。
私が乗っているタクシーが走っている先にカラスが着地したことがある。
そのままひいても、タクシーは損傷を受けなかったと思うが、運転手は急ブレーキをかけ、カラスはギリギリ飛び去った。
もし、仮に、そのために私が怪我をしても、私はどうでも良い。

『8マン・インフィニティ』という、2004年から2007年まで連載された漫画作品がある。
これは、1960年代前半の漫画作品『8マン』の正統な続編だ。
8マンは、知性を持ったスーパーロボットで、アンドロイドとかサイボーグと言っても良いだろう。
悪のサイボーグ集団が、8マンとは何者かを議論する。
「どこかの国のサイボーグ工作員か?」
「いいや、そいつはどこにも属していなかった。あえて言うならヤツが属するのは”正義”。たった一人の子供のために一国を敵に回せる男。それが8マンだ」
理屈は分からないが、私は、この正義が良いと思う。

『美少女戦士セーラームーンS(スーパー)』で、セーラウラヌスこと、天王はるかが言った。
「自らの正義を貫け・・・これは理事長の言葉ですよ」
つまり、はるかはこの言葉に従っているのだ。
つまるところ、正義とは個人的なものだ。
それは、主に、成長期に生活をする中で、修正されていく。
つまり、特に子供が、立派な個人的正義が構築されるような生活が出来る世の中を作ることが、最大の正義なのである。
そして、ある程度の年齢になれば、より良い正義が構築されるような冒険をしなければならない。
正義は、感情が教えてくれる。
正義は、感情のコンパスなのである。
それを大切にするしかない。








  
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