CLAMPの漫画・アニメ『カードキャプターさくら』に、こんな場面がある。
高校1年生の天宮撫子(あまみやなでしこ)は、巣から落ちた雛を巣に戻そうと木に登るが、運動神経は無いに等しいとまで言われる撫子は、雛を巣に帰すことには成功したが、直後、足を滑らせて落下する。
しかし、撫子は、たまたま下を通りかかった、彼女が通う高校に赴任してきたばかりの男性教師、木之本藤隆(きのもとふじたか)の上に落下し、藤隆がクッションになったおかげで、ほとんど怪我はなかった。
その時、藤隆は、
「天使が落ちてきたのかと思いましたよ」
と、咄嗟に憎い言葉を発するが、おそらく、彼の性格から考えれば、それはごく自然に出た言葉で、妙な意図はなかった。
それから2人は付き合い始め、すぐに同棲に至り、毎朝、手をつないで登校。お弁当は料理が得意な藤隆が作った。
この藤隆と撫子が、主人公、桜(さくら)の両親である。

20年以上前の話とはいえ、本当なら、藤隆は即、懲戒処分だろうが、それは置いておく(笑)。
藤隆と撫子は、大変な偶然で出会ったように見える。
作者のCLAMP(女性4人のチーム)の重要思想が「この世に偶然はない。全て必然」であるから、この出来事も必然なのであろうが、それを、1つの説から話す。
「心身医学の父」と呼ばれたドイツ人医師、ゲオルク・グロデックは、人間の内部には、「エス」というエンティティ(生命体)が存在すると提唱した。
このエスは、後にフロイトが精神分析学に取り入れることで知られるようになるが、グロデックのエスは、フロイトのエスよりはるかに驚異的だ。
そして、藤隆と撫子の出会いは、こう考えられるのである。
この、藤隆と撫子のドラマティックな出会いは、全てエスが仕組んだものだ。
撫子のエスは、撫子を木に登らせ、藤隆のエスは、藤隆をその下を通るようにさせた。
そして、エスは、絶妙のタイミングで撫子の足を滑らせ、藤隆の上に落下させるが、2人のエスは2人の身体を功名に操作し、目立った怪我はさせない。いや、ドラマ性を高めるため、藤隆には、多少の負傷をさせたかもしれない。
さらに、藤隆のエスは、藤隆に、「天使が落ちてきたのかと思いましたよ」と、シビれるセリフを、動転している撫子のハートを撃ち抜く笑顔で言わせ、1万本の薔薇どころでない無敵のプロポーズになってしまった。
雛が巣から落ちたことすら、エスの仕業かもしれない。

「そんなアホな」と思うかもしれないが、グロデックが論文に引用した実話に、こんなものがある。
戦場で、1人の兵士の男が、同じ部隊の男に、自分の膝を指さしながら、
「ここに弾が当たったら、おれは故郷に帰れるのになあ」
と言う。
すると、その直後、流れ弾が飛んで来て、まさに、膝の指を指したところに命中した。
グロデックは、これもエスが行ったことだと推測している。

私は、小さい頃、何度も交通量の多い車道に目をつぶって飛び込んだが、危ない目に遭ったことはない。
これも、私は、無意識に、エスに危険を避けるよう頼んだからだったのかもしれない。
※決して真似しないように。

エスが、どれほどの力を持っているのかは分からない。
グロデックは、いかなる病気でも、罹(かか)るのも治るのもエスが起こしており、どれほどの難病でも、治る時は何もしなくても治ると言う。
簡単なことでは、エスは、女性の手を、好きな男性に前では冷たくさせ、その男性に暖めてもらうよう促すといったこともするらしい。

グロデックもフロイトも、エスは、肉体とか細胞とかではなく、無意識の中に存在すると考えている。
精神そのものが謎であり、エスの実態など、全くの未知と言って良いだろう。
引き寄せの古典で、いまだ引き寄せの最上のテキストである『イット・ワークス』の著者は、人間の内部にある、いかなる願いも叶える力をインマヌエルと呼んでいるが、エスは、その一面であるのかもしれない。








  
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