苦しい状況、辛い立場にいるなら、世間で言うところの現実的問題解決とは別に、現代の魔法、引き寄せをマスターすると良い。
確かに、人間の運命なんて複雑だし、本来は、他者の世界についてあれこれは言えないのであるが、引き寄せの魔法に不可能はないのも確かである。
日本の中でさえ、自殺を選んでしまう人達が少なくないし、世界には、さらに想像も出来ないほどの不幸がいくらでもある。
その中で、特に女性や子供を守ることは、物質的には非常に難しい場合が多い。
けれども、弱い立場、苦しい事情を抱える人達は、宇宙の法則についてあまりに無知だし、そもそも、こういった話は、胡散臭く思われたり、さらには、非難されることもあるだろう。
しかし、子供の時から魔法を使っていた私には、それには、悪い境遇から抜け出せる希望を感じるのである。

不幸の中にある子供達は、大人の救済・援助がなくては救われない。
だが、「変な意味」での援助は、瞬間は助けられたように見えても、さらに深い不幸を呼び込む。
上にも述べたが、子供の不幸すら複雑な運命があるのかもしれない。
しかし、子供ですら、ましてや、大人であれば、魔法(宇宙の法則)を活用出来れば、運命を変えられるに違いないと思うのである。
確かに、何でも思い通りにはいかないかもしれない。
それは、不可能なことがあるというのではなく、宇宙の仕組み、人間の精神の仕組みの上で、何らかの理由で起こし難いことがあるのも確かだという意味である。
だから、現時点で出来ることから始めなければならない。

まず、世間的な常識でも分かることは、いかなることであれ向上するためには、繰り返し行うことが大切だということだ。
野球のバッティングが上手くなりたいなら、素振りを繰り返す回数を上げれば良いようなものだ。
引き寄せの魔法も同じだ。
もっとも、人間は、元々が、この魔法を使えるのであるから、何も教わらず、何の修行もしなくても、魔法の力を使う子供もいる。
そんな人達は、大人になってから、「子供の時は、魔法を楽々と使っていた」とよく言う。
そんな子供の時のことを、夢のように思う者も多いが、確かに現実だったと認識し、その気になれば、今でも、あるいは、今の方が大きな魔法を使えると知っている人もいる。
だが、いずれにしろ、本当は、どんな子供にでも可能なのである。
そして、大人であっても、繰り返すことで魔法を身に付けることが出来る。

魔法とは、よく言われる言い方で言えば、「望む状況の波動に周波数を合わせること」であるが、これは正しいながら、曖昧に感じられても仕方がないので、魔法を教える上で、あまり適切でないかもしれない。
少し昔、波動という言葉自体が一般的でなかった頃には、魔法とは「精神に自在に変革を起こすこと」と言われ、現在でも、こちらの方が良いかもしれないが、随分、ハードルが高く感じる。
最も単純に言えば、微妙なニュアンスはあるが、「心が楽しい」「気持ちが明るい」「気分が良い」ことが、魔法発動の条件である。
確かに、集中された想念は魔法を起こすが、この場合、理性、自意識、自我、思考・・・そういったものが消えるほどの集中が要求される。
ただ、経験的には、強い願いがある時は、割と容易い。
けれども、普通は、悪い気分にある時、自分で気持ちを切り替えて、良い気分になれば良い。
私が好きな言い方では、まずは、「しゃんとする」ことである。
そして、福音書に書かれたイエスの教えを使う。
即ち、「願いは既に叶ったと思う」ことだ。
そうであれば、「心が楽しい」「気持ちが明るい」「気分が良い」のが自然だ。つまり、当たり前だ。

一部の引き寄せの教えにあるように、「願いが叶ったと思って感謝する」ことは、難しいかもしれない。
現実には叶っていないことに感謝することは難しいからだ。
人間は、現実に願いが叶って初めて感謝する。
だから、既に叶っていることに感謝するのである。
何でもいいから。
住む家がある、着る服が1着でもある、歩く脚がある、見る目がある・・・何かはあると思う。
さすがに、「生きていることに感謝する」と言うのは、素晴らしいことではあっても、実際には難しいが、誰でも、その上に、さらに良いものを1つくらいは持っていると思う。
私の場合、あり過ぎて、かえって普段、見過ごしてしまうのであるが。

いずれ、「子供魔法教室」でも作りたいものだと思う。
魔法以外にも、普通の生きる術も学べると良いだろう。
残念ながら、少し先かもしれないが。








  
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