不幸になりたくなければ、あまり暗いニュースを見ない方が良い。
実際は、嫌なニュースを見ること自体は問題ないが、それによって、ネガティブな感情を起こすデメリットは、あまりに大きい。
この世界は、「良い気分であれば良いことが起こり、悪い気分であれば悪いことが起こる」仕組みであり、良い気分であれば願いが叶い、悪い気分であれば願いは叶わないからだ。
それが、科学的、心理学的、宗教的な真理であると言って差し支えないと思う。

検察庁の検事長が違法な賭け麻雀を、しかも、コロナ自粛中に頻繁に行いながら、全く罪に問われず、退職金も満額支給された・・・なんてニュースを見るのは別に構わないが、それで、怒りとか、あくまで私の場合だが、正義感という仮面に隠された嫉妬で身悶えする(笑)と、もう確実に悪運がすっ飛んでくる。
人間だから、悪い感情を持つことだってある。
しかし、そんな時、即座に気持ちを切り替えて、良い気分にならないと、ジェット戦闘機よりも速く飛んで来る悪運を追い返せない。
我々が怒っても、妬んでも(笑)、権力者に対し、何か出来る訳ではないし、それが理不尽であっても、やっぱりどうにもならない。
それなのに、さらに、自分の運命まで悪いものにしたら損じゃないか?
「いや、損得の問題ではなく、道徳、倫理の問題である」
と言いたい立派な人もいるだろうが、出来れば、そんな人も、悪運に苦しむようなことになって欲しくはない。
それに、本当に立派な人もいるのかもしれないが、実際は、自分は正義の味方だと言っている人の多くは、やっぱり、権力者が羨ましいだけなのだと私は思う(私は羨ましい 笑)。

弱いが罪のない者・・・例えば子供が殺されたり、子供が、親や教師といった強い立場の者から暴力などの被害を受けたニュースを見てしまったら、心を痛めるのは当然である。
だが、それを引きずると、やはり、あなたの世界は暗く悪いものになる。
そんな者に、世の中を良いものに変える力はない。
犯罪者や、犯罪を防ぐべき役目の機関がうまく機能していないこと(あるいはうまく機能しない理由)を、いくら批判しても、状況は1ミリも好転しない。
SNSで正論を言うだけで世の中が良くなることは全くない。
それどころか、悪いものに熱心に意識を向けるほど、同様の悪いことがさらに起こるのである。
反ドラッグ運動がさらにドラッグを蔓延させ、反戦運動が、さらに戦争を起こさせるようなものだ。
これを、C.G.ユングは「抵抗するものは蔓延る」と言ったらしい。

まあ、本当に悪に立ち向かうほどの正義を持っている者は1パーセントもいないだろうが、女のスカートに隠れて口だけで正義を振りかざす者は、昔から新聞社への投稿者など沢山いたが、今はネットの発達で爆発的に増え、それと共に、人類全体の運勢が下がり、ますます悪が蔓延ることになったと思われるのだ。

それよりも、ます、自分が悪い気分になったら、早く気持ちを切り替えて良い気分になり、あらゆる良いものを引き寄せ、自分が幸せになることで、本当に優れた影響を世の中に与えることが出来るのだと思う。
怒り狂っている人、妬んでいる人、嫉妬している人が、本当に良いことをしてくれるとは想像し難いのである。
個人的にも、辛い時や苦しい時に力になってくれたのは、いつも、明るくて、機嫌が良く、そして、豊かな人だった。
暗く、厭世的で、目がどろーんとした(笑)人が、「俺が助けてやる」と言って来ても、間違いなく、状況はさらに悪くなった(笑)。
だが、何より、自分が悪い状況にあっても、自分で気分が良くなれば、聖書に書かれているように、「私は山に向かって目を上げる。わが助けはどこから来るであろうか」と期待して考えるようになり、実際に助けは来るだろう。
この世界をプログラミングした上位世界の者は、そんなふうにプログラミングした・・・と思えば、まあ、間違いない。

MeToo運動を批判なんかしたら、それこそ、嫌な目、怖い目に遭うから、私は批判しない(私ごときでは小物過ぎて相手にもされないだろうが)。
だけど、そんな怖いものが、本当に正義だろうかという疑問はある。
あれで、弱い立場の女性が本当に救われているだろうか。
むしろ、余計に声を上げ難くなったし、上げたら、これまでよりも酷い目に遭う状況になった・・・なんてことはないだろうか。
女性が生き易くなる法案や支援が生まれるのは、全然違うところからだと思う。
もちろん、悪い状況を認識することで、制度やお金が必要だと理解するのは良いことである。
しかし、暗い感情からではなく、明るい希望から、法案や支援制度を作ることを行おうとする者でなければ、世の中を本当に明るいものには出来ないのであると思う。








  
このエントリーをはてなブックマークに追加   
人気ランキング参加中です 人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ