本当の意味で、気分が良くなる方法を持つことは、どれほど強調してもし足りないほど重要だ。
誰もが、次のことに、少なくとも薄々は気付いているはずだ。
「気分が良ければ、さらに良い気分になる出来事が起こり、気分が悪ければ、さらに悪い気分になる出来事が起こる」
これが、この宇宙の仕組みであるからだ。
お金のことで憂鬱で気分が悪ければ、さらにお金で苦しめられるが、たとえ実際は、手元のお金が十分でなくても、お金のことを忘れて、別のことで気分が良くなれば、お金のことは何とかなるものだし、たとえ本当でなくても、お金が豊かにあると思って良い気分になれば、お金はすぐに入って来る。
事は簡単なのだが、「良い気分」というものを誤解している人が多い。
いや、本当は、誤解するほど難しいことでもないのだが、よほど、家庭や学校で歪んだ教育をされたのかもしれない。

弱い者いじめをしたら気分が良くなるなんて思っている馬鹿なんかいるはずがない・・・どころか沢山いる。
そもそも、弱い者いじめは、いつも気分が悪い者がやることだ。
気分が良い者は、絶対に、弱い者いじめなんかしない。
しかも、弱い者いじめをすると、自分がいじめられる立場になることを恐れ、不安になり、実際に、その状況を引き寄せる。何ぜ、気分が悪いのだから。
実際、学校でいじめをする生徒を詳しく知る機会があると、その者達の無力感が半端ないことが分かるはずだ。
『わたしのいもうと』という絵本では、ある女の子をいじめて、学校に行けないようにしてしまった子供達が、楽しく学校に通う様子が描かれるが、本当は、楽しそうなその裏に悲惨な苦しみを抱えており、やがてこの世の地獄に落ちる。
生き方を変えて、本当に気分が良くならない限り。

『ザ・シークレット』では、ペットが気分を良くしてくれることを取り上げていて、もちろん、それは本当のことであるが、何事も度を過ぎると気分が悪くなる。
適切な範囲でペットを可愛がるのは良いが、過剰に可愛がったり、あるいは、たまになら良いが、ペットの写真や動画を、あまりに頻繁にInstagramやYouTubeに投稿していると、だんだん気分が悪くなってくる。
孔子や徳川家康が言った通り、何事も、「過ぎたるはなお、及ばざるがごとし」なのだ。

運動もとても良い。
だが、適度な力でやることだ。
毎日、長距離を走ったり、過度な筋トレをやると、もう確実に気分は悪くなる。
運動は、気分が良い範囲でやらないといけない。
昔のスポ根ものは、かなりの大嘘で、あんな鍛錬をしていたら、身体は壊れるし、悲惨なほどに運が悪くなる恐れがある。
中学や高校の野球やサッカーでも、良い成績を上げるのは、楽しくやっているチームなのである。
まあ、自分達さえ楽しければ良い式にやっているチームも少なくはなく、それは、彼らの人生を歪めてしまう。
いかなる場合も、自己中心主義というものは、必ず、気分が最悪になる結果を導き、哀れな亡者になるのである。

運動であれば、例えば、腕振り運動を適度にやれば良い。
あまりに回数を多くやるのも気分が悪くなるが、適度に多い回数を、適切な熱意を持ってやった後で良くなる気分が本物の良い気分だ。
だから、毎日千回程度をやっている者は、健康になり、人間関係も良くなり、経済的に恵まれる場合が多いのである。
だが、腕振り運動が楽しくなるように「しゃんとする」ことは自分でやらないといけないのだ。
でないと、たとえ1日100回の腕振り運動でも億劫になったりするのである。

お薦めするのは、朝起きた時から、なるべく早く(例えば朝食前までに)、笑顔になり、ガッツポーズをすることだ。
出来たら、舌を思い切り出すことをすれば、生命エネルギーが上がり、若返り、元気になる。
80歳を過ぎても元気で活躍している人には、この舌を出すことをしている人が多いのである。
昔の雑誌で、プロスキーヤーの三浦雄一郎氏も、そんなことをしていると言っていたのを見た覚えがある(BIGtomorrow誌だったと思う)。








  
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