カンフースターは沢山いるが、ブルース・リーとジャッキー・チェンは別格だと思う。
それは、映画が売れたという結果もなのだが、カンフーの動き自体が、他と全然違う。
それは、素人目にも明らかだ。
で、どこが全然違うのかと言うと、速さが違う。
しかし、なぜ速さが違うかと言うと、「楽に動いている」ように思える。
他のカンフースターの動きは、極端に言えば「どっこいしょ」という感じで、どこか無理にやっているのだ。

では、なぜ、ブルース・リーやジャッキー・チェンは、「速い」し「楽に」動けるのか?
これに関しては、多くの人が、「それは練習量の違いです」と言うだろう。
確かに、彼らは、誰よりも多く、パンチとキックを繰り出したのだろう。
問題は、世間常識では、それは、苦しいものだということだ。
しかし、私は、彼らはそれを、誰よりも楽にやっていたのだと思う。
なぜって、苦しい練習から楽な動きは生まれないとしか思えないからだ。
けれども、普通は、そうは思われておらず、本当に、世間常識というものは厄介だと思う。

実際、上のように言うと、私に、「そりゃ、君は間違えている。彼らは、見えない場所で、血の滲む訓練をしたのだ」と言うだろうし、ブルース・リーやジャッキー・チェンも、そう言ったことになっている。
しかし、それは、映画の中のカンフーヒーローの話に合わせているだけだ。
野球で言えば、子供の時から誰よりも練習したのは、テッド・ウィリアムズで、結果、彼は、メジャー屈指の成績を残した(生涯出塁率1位、三冠王2回は、もう1人と並んで1位。最後の4割打者)。
だが、別に彼は、歯を食いしばって練習したのではなく、好きだから楽にやっていただけだ。
我々がよく知っている長時間練習する人はイチローだが、彼だって、楽しいからやっていると言っていたと思う。

良い練習とは、我々に分かるように言うなら、丁度、そこそこ自分に向いていることを、好きな女の子(男の子)と一緒に練習するようなものだ。
つまりね、上達したければ、苦しみに耐えるのではなく、もっと楽をしないといけないのだと思う。
私に直接分かる範囲で言えば、プログラミングに関して、面白い話がある。
システム会社に勤めたことがある訳ではないが、VBAプログラミングのかなりの名人がいた。
しかし、そいつは、考え得る限り、最悪のチャランポランな男で、真面目に勉強する姿など、全くイメージ出来ない。
そして、プログラムのコードを見ると、蹴っ飛ばしたい衝動に駆られるほどデタラメな書き方である。
だが、それでも、実に有益なシステムを作り、立派に稼働しているのだ。
そんな彼は、とにかく楽をしたがる性格であるが、まさに、「楽ちん主義」の勝利である。
一方、VBAのプログラムが、下手というより、出来ない人達を沢山見たが、彼らは皆、真面目に勉強する人達だった。
考えてみれば私も、長時間プログラミングの練習をしたような気はするが、冷静に振り返れば、かなりいい加減にやっていたように思う。
逆に、真面目に勉強しようと思ってやったことは、あまり成果が出なかったように思う。

引き寄せだってそうで、うまくいかない人は、とにかく、クソ真面目で、苦しいやり方をしているのではないかと思う。
笑え、ガッツポーズをやれと言ったら、真面目に笑って、真面目にガッツポーズをする。
だが、気楽に楽しくやらないと、沢山出来ないのである。

ブルース・リー、ジャッキー・チェン、あるいは、イチローでも、我々が聞く話は、相当盛っている・・・というか、実体と全然違うほど盛り盛りだろうと思う。
政木和三さんにしたって、著書や本人の講演では、彼は、粉骨砕身で努力したことになっている。
しかし、本人に直接会って話すと、面白い話ばかりで、彼も、ごく気楽にやっていたのである。

楽と怠惰は違う。
もし、あなたにとって学園祭が楽しいものであったなら、あの準備のことを思えば分かると思う。
一生懸命やってはいるが、苦しくはなく、楽しいだけだったはずだ。
私のような友達のいない引きこもりは学園祭には参加しなかったが(笑)、そんな人でも、さっきも言ったが、好きな女の子(男の子)と一緒に何かする時のことを考えれば分かるはずだ。
そんな楽で面白いことを、何の努力もなく、延々とやれば、ブルース・リーになるのだと思う。
何より、「私は楽に生きるんだ」という決心が必要と思う。
皆、「私は苦しむんだ」と決心していて、結局、何もしないのである。








  
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