昨日、ご紹介した映画『ザ・シークレット:デア・トゥー・ドリーム』の中では、何度も、出来過ぎと感じる幸運な出来事が起こる。
このような、あまりにも都合の良い偶然を、我々は奇跡と言う。
おそらくは誰もが、そんな奇跡とも思える体験の1つや2つは覚えているものだと思う。
そして、奇跡をどう考えるかで、人生は決まる。

『マスターの教え』の中で、マスターは、「奇跡は頻繁に起こっているのに、皆、それに気付かない」と言う。
この本の中でも、人生のどん底にあった男が、気晴らしに劇場に行き、安い席のチケットを買うが、なぜか、高価なBOX席のチケットを受け取ってしまう。
そして、そのBOX席で、マスターと呼ばれる不思議な人物と隣り合わせることとなり、そのマスターに話しかけられたことで人生が変わった。
なぜ、そんなことが起こったのかというと、彼は、心の奥でそのような奇跡を強く願っていたからだと言う。
上の映画の中でも、マスターのような存在である大学教授のブレイは、子供達に、磁石が金属製のクリップを引き寄せるところを見せ、「願いが強いほど強く引き寄せる」と言う。そして、その直後に奇跡が起こる。
ブレイは、こうも言う。
「偶然は、匿名での神様の贈り物だ」
と。
これは、アインシュタインが言ったことらしい。
アメリカの作家、マイク・ハーナッキーも、引き寄せマスターと言える力を獲得した人間だが、「奇跡は単に珍しい出来事で、そんなものは誰でも起こせる」と『成功の扉』に書いていた。

私も、小学生の時、天体望遠鏡が欲しいと思って懸賞に応募したら(特等の懸賞が天体望遠鏡だった)、懸賞に外れたことが分かった直後、親から、「従兄がお前に天体望遠鏡を譲ると言っている」と教えられた。私は、その従兄の顔も知らなかったし、その従兄も、私が天体望遠鏡を欲しがっていることなど知らないはずで、なぜ、従兄が不意にそんな気になったのか謎だった。
いずれにしろ、私は、このことが「たまたま」とは思えない。
また、私は、好きな女の子のことを考えていると、その数秒後には、彼女が居ることなど、あり得ない場所であるに関わらず、出会ってしまうことがよくあった。
一度だけ、「偶然」に会った翌日に、相手の女の子に、「なぜ、あんなところにいたの?」と聞いたことがあるが、彼女の返事は、「私も分からない」みたいな感じだった。
さっきの、天体望遠鏡をくれた従兄にも、ずっと後で、あの時の天体望遠鏡のことを尋ねてみたが、やはり、どうもよく分からないようだった。

これだけは信じた方が良い宇宙の仕組みは、
「良い気分でいれば良いことが起こり、悪い気分でいれば悪いことが起こる」
だ。
つまり、良い気分でいれば、好ましい偶然が起こり、それは、しばしば、奇跡と感じる。
それと共に、上のブレイが言ったことのように、強い願いは、磁石のように願ったことを引き寄せる。
この2つは同時に考えれば最強だ。
つまり、良い気分で強く願えば、即座に奇跡は起こる。
そして、面白いことに、落ち込んだ時に、気持ちを切り替えて、肯定的な気持ち(即ち良い気分)になると、不意に願いが叶うのである。
例えば、こんな話がある。
イギリスの作家コリン・ウィルソンが、子供の時、弟と一緒に森で迷い、長時間歩いてクタクタになった上、雨に降られて身体が冷え、森からの出口はさっぱり分からない絶望的な状況の中、泣き出す弟を見て、コリン・ウィルソンは兄の自覚を思い出し、「しゃんと」したところ、不意にスムーズに森を出ることが出来た。
ウィルソンは、これに対して、難しい解釈を述べていたが、つまるところ、彼は気持ちを切り替え、肯定的な気持ちになることで幸運を引き寄せ、現実を変えたのだ。
我々も、困った時ほど、無理にでも笑顔を作り、ガッツポーズをし、それによって、気持ちを「しゃんと」させると、奇跡だって起こるだろう。
1回や2回で駄目でも、百回ほどやれば良いと思う。








  
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