いきなりであるが、挑発とは辞書によれば、「相手を刺激して、事件や欲情などを起こすようにしむけること」であるようだ。
嫌味を言うのは、挑発が目的の場合が多いと思う。
アニメなどで、割とセコいタイプの悪役が嫌味を言って挑発してきた時、正義の味方だが若くて未熟な主人公などが顔色を変え、隣にいる、少しは落ち着いた仲間が、
「挑発に乗るな」
つまり、「落ち着け」と諫める場面がよくあると思う。
いや、アニメでなくても。我々の日常ですら、職場や学校の中に、やたら、嫌味を言って来る者がいるかもしれない。
そして、必ずしも、「挑発に乗るな」と言ってくれる仲間はいない。

たとえ「挑発に乗るな」と助言してもらっても、「分かっている。だけど我慢出来ん!」とか、「あんなこと言われて黙っている訳にはいかない」と言ってしまう、あるいは、思ってしまうことが多いと思う。
そして、もしかしたら、不幸なことに、あなたの親が、あなたにずっと嫌味を言い続ける人かもしれない。

先に結論を言っておくと、挑発に乗ったら終わりである。
どう終わりかというと、大切な生命エネルギーを奪われる。生命エネルギーとは、願いを叶える宇宙エネルギーであるが、それと切り離されてしまうのだ。
そのことが本当に分かれば、決して挑発に乗らなくなる。
あまりに損害が大きいことが分かるからだ。
「挑発に乗ってムカついたら、脚が1本なくなる」というに等しいのである。
しかし、あなたもそうかもしれないが、多くの人は、その重要なことが分かっていないのだ。

宮本武蔵が本当に剣豪であったという証拠はないと言う。
剣士ですらなかったとも言われる。
一流の剣士と立ち会った記録もない。
しかし、勇名が轟いているのは確かで、喧嘩試合のような果し合いでは、かなり勝っていると思われる。
彼の勝利の秘訣は何か?
彼が死の直前に書いた『五輪書』に、「敵をムカつかせろ」といった意味のことが書かれてるのが答だ。
佐々木小次郎との試合の詳しいことは、実は、分かっていない。
しかし、あれこそ、武蔵の必勝モデルと思う。
試合時刻に、平気・・・というか意図的に大遅刻し、相手をムカつかせれば、もう勝ったも同然である。
そして、約束の時刻を大いに遅れてやって来た武蔵は、映画でよくあるように凛々しく現れたのではなく、陽気に鼻歌でも歌いながら現れ、さらに相手をムカつかせ(ついでに嫌味の1つでも言ったと思う)、そして、楽勝した。
武蔵が戦ったのは、そんな手に乗る未熟な相手ばかりであり、心理学者も同然であった武蔵は、そんなチョロい相手ばかり選んで戦ったから、『五輪書』にあるように、「一度も不覚を取らず」だった。
もし、佐々木小次郎が、武蔵の見立てと違い、心を乱さない者であれば、武蔵は戦う前に退散したはずなのだ。
逆に言えば、小次郎が心の扱いを心得、武蔵が現れるまで気分よく時間をつぶし、武蔵が現れたら、ムカついている振りでもしたら、腕で優るなら勝っていたのだった。

嫌味を言って来る相手は無視することだ。
相手が上司などで、それが難しい場合でも、なるべく平然とし、露骨に笑うのはまずくても、静かに微笑むか、無表情でいることだ。
それは、上司に負けないためでも、状況を悪くしないための配慮でもない。
あなたが、大切な宇宙エネルギーを奪われ、世界を支配する力を失わないためである。
多くの人(人類の大半かもしれない)が、そんなつまらないことで偉大な魔法の力を失っているのだ。
そのことが分かれば、全く修行しなくても、何の努力も、忍耐も必要なく、いつも気分よくいられるのである。
そうすれば、世界を手にしたも同然なのである。








  
このエントリーをはてなブックマークに追加   
人気ランキング参加中です 人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ