新約聖書の福音書は・・・と言うより、イエスは極めて実践的で力ある知恵を教えている。
その1つが、「汝、思い煩(わずら)うことなかれ」だ。
でもまあ、堅苦しい和訳だ・・・
「汝、思い煩うことなかれ」なんて言い方をする人がいたら、その人には、絶対、友達は出来ないだろう(笑)。
実際のイエスは、きっと、庶民にも親しみ易い、普通の言葉を使ったと思う。
だから、本当は、「心配すんなよ」程度の感じで言ったと思う。
とはいえ、そこはイエスだ。そこらの兄ちゃんではない(笑)。
どこか違った言い方をしたとは考えられる。
それは、私のそれなりに根拠ある推測として、多分、
「心配しないと決意しろ」
くらいは言ったのだと思う。

我々のちっぽけな知恵で、どれほど頭をもやもやさせて心配しても、何の役にも立たないばかりか、ロクでもない考えが浮かんで自滅するだけだ。
それどころか、心配したり不安になることで、我々の心が、心配の周波数の波動、不安の周波数の波動を出し、その周波数に見合った現実を引き寄せる。
確かに、心配したからって、即座に悪いことが起こる訳ではないし、大抵は、「心配したことなんか起こらなかったなあ」で済むが、それでも実際は、心配した分だけ、状況は少しは悪くなっている。
そして、心配を繰り返すと、どんどん悪い状況を引き寄せ、やがては、「心配していた通りになる」のである。
だから、イエスが言ったに違いないように、
「心配しないと決意する」
ことが必要だ。
ただし、断固として決意することが必要と思う。
王様のようにね。

コツは、自分が心配すべきことをきちんと心配することだ。
普通の人は、「心配するな」と言ったら、自分の責任範囲のことは心配しないのに、心配しなくていいことは、やっぱり、心配するのだ。
会社をリストラされるかどうかなんて、実際のところ、我々自身の意思なんてあまり関係ない。
だから、そんなことは心配せず、クビになりたくなければ、ただ、きちんと勤めることだ。
また、自分の世話もろくすっぽ出来ない者が、世界の平和を考えたって仕方がない(笑)。
しかし、「俺は天下国家のことを考えているのであり、小さなことなどどうでも良い」と言う愚か者が多い。

ここで、再度、スーフィー(イスラム神秘主義)の格言を挙げておく。
「神を信用しろ。だが、ラクダはつないでおけ」
我々がすべきことは、自分で出来ること、すなわち、ラクダをつないでおくことだ。
後のことは、心配しなくても、神様が良いようにやってくれるのである。













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