やる価値のあることを果敢に実行する時は、理性よりも感情で進んだ方がうまくいくのだが、感情に対して悪いイメージを持っている人が多い。
そこで、「感情で進む(選択する)」を、「情緒で進む(選択する)」と言い直したい。
情緒とは、「微妙な感情」だ。
まさに、ぴったりの言葉である。
どうも、一般に感情と言うと、「わーわーぎゃーぎゃー」言う激しい感情を思い浮かべ勝ちなのだと思う。
これは、テレビドラマや映画、あるいは、利益を目的とするメディアが、感情を高ぶらせている人をやたらと見せるので、その影響を受けてしまっているのだろう。
我々は、情緒と言うべき、繊細で優雅な美しい感情を大切にしなければならない。
普段から、美しい感情を大切にしていれば、道を(選択を)誤ることはない。
もちろん、情熱的な感情が良い場合もあるのだが、そこには落とし穴がある。
情熱に従うなら、あくまで、その情熱が心地よいものでなくてはならない。たとえ不安を感じているとしても、不快ではないことだ。
簡単に言えば、真っすぐな情熱、方向がはっきりしている情熱は正しいものだが、支離滅裂でごちゃごちゃした感じなら、いったん冷静になった方が良い。
意識と感情が一体になった、調和のとれた感覚であれば良いのだ。

一方、どれほど優秀な人であっても、理性で・・・つまり、論理や計算でうまくいくというのは、些細なものごとの場合だけだ。
ところが、子供の時から、「鉛筆を転がしたって選べる」ような、つまらない試験ばかりやらされ、それは、理性で判断するしかないから、理性偏重になってしまっているのである。
つまりこうだ。

「1+1=(2か3か)」
なら理性で判断するしかない。
これを、「感情的には3だな」なんて言ったら、試験では「×」である。
しかし、
「2人を救うために1人を犠牲にしても良いか?」
は、理性で判断すれば「良い」だが、これで正しいはずがない。
「いや、正しい」と言うのは、やはり理性である。
これを、情緒で判断するなら、状況だって変わるのである。

では、情緒を得るためには、どうすれば良いだろう。
とりあえず、食の慎みしか考えられない。
極端な少食は良くないが、少ない目に食べることだ。
人間ってのは、心配事があったり、恋に悩んでいる時は、自然と少食になる。
なぜ、そうなるのかというと、そんな時というのは知恵が必要だからだ。
知恵が必要な状況では、自然に食を慎むようになり、それで、情緒を感じることが出来る。
その結果、正しいことが出来るのである。
だから、食事も喉を通らない時に近いように食事をすれば、微妙な感情・・・つまり、情緒が現れるので、それにまかせておけば大丈夫なのである。
好きなだけたらふく食べている者には、妖精は近寄って来ないというのが、妖精の棲み処であるケルトでの言い伝えである。
妖精を捉えるには、優雅で繊細な感情・・・つまり情緒が必要なのである。













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