善良でない相手にどう対応するかは難しい問題だ。
アメリカの著目な啓蒙家、W・クレメント・ストーン(1902~2002)の本で、ストーンは、学校でいじめられて泣きながら帰ってきた息子に「やり返してくるまで家に入れない」と言った父親を称賛していたが、日本でも、昔はそうだったかもしれない。しかし、今は、子供にそんなことは言えないと思う。言ったら、息子が殺されるかもしれない。子供達の倫理観の低下がそれほど酷いのだ。
ところで、こんな世の中では、些細な悪にも、極端に敏感になってしまう人がいる。
というか、私は、自分がそうなのだなあと感じたのだ。
昨日も少し書いたが、1973年のアメリカのテレビドラマ『大草原の小さな家』(1980年まで続いた)をAmazonプライムビデオで見たのだが、今よりも、人々の間に善意があった時代に作られたTVドラマなのだと感じる。
そのドラマの中で、お金持ちの家の子が自己中心的に振る舞い、豊かでない家の子を時に虐げたる。また、脚の不自由な女の子がいて、誰も彼女をいじめはしないが、相手にもせず、その子は辛い思いをしているが、彼女の父親は、彼女を愛するために、彼女を学校に行かせたくない。まあ、子供達の間のことだから、それほどドロドロしたことはないが、子供達の心だって天使ではないし、子供達の親となると、さらにそうだ。
ところが、このドラマの製作者は、このドラマを物凄く健康的なものにしようという意図があったのだと思う。
様々な悪意に対して、主人公のローラの両親は、ストレートな善意で対応するよう、ローラ達に教える。
まあ、それがキリスト教の有名な「汝の敵を愛せよ」なのであろうか?
つまり、嫌がらせをしてくる相手、利己的な相手に対し、善意と礼儀を尽くすのである。
そして、このドラマの中で、本当にそんなことをするのだから、私はとてもではないが、見ていられない。
嫌なことをされても仕返しをしてはならないとか、悪意を持たず黙って耐えろというなら賛成しないでもないが、親切と愛を返せとなると、現実的には、止めておけと言うしかない。

だが、昔なら、「やられたら、男ならやり返してこい」とか、「相手を根っからの意地悪だなんて思わず、優しくしなさい」というのは、正しかったのかもしれない。
つまり、悪いやつに見えて、中身は案外そうでなかったり、少なくとも子供であるなら、多少、性格が悪いように見えたり、いじめっ子であっても、限度は心得ていたのだと思う。
しかし、今の子供達の中には、本格的にクレイジーな者がいくらでもいる。
親や教師の中には、本物の外道がいくらでもいることとも大いに関係があるだろうが、とにかく、今は、大人も子供も信用出来ない時代である。
そんな中では、誰も信用出来ないと思うようになってしまう者がいる。しかし、そんな者はやはり、心が弱い者であると思う。
そして、自分がそうであると気付き、ちょっと愕然としたのだ(笑)。
だが、それでは、人生は豊かなものにならない。
とはいえ、無理に、他人を嫌うなとか、誰にも親切にしろと言うのではない。
そんなことをすれば、心が分裂し、苦しむことになる。やはり、それは不自然なのだと思う。
「20世紀最大の詩人」と言われたノーベル賞作家、W.B.イェイツによれば、愛することは無理でも、憎むことを止めれば良いのだそうだ。
だが、荘子によれば、好悪の別を持つ限り、何も解決しないようだ。
つまり、「あの子は好きだが、あいつは嫌い」という感覚を持つ限り、「好き」はあっても「憎しみ」も避けられない。是非好悪の判断をしない・・・それが究極の秘訣ではあるが、実践は難しい。
ただ1つ。おそらく、善良な人間も邪悪な人間も、作り出しているのは自分の心であるのだと思う。
せめて、それを意識することが大切と思う。













当ブログオーナー、KayのAI書。
今、AIに関して、一握りのエリートと、その他、全くAIが作れない人に分かれると思います。
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