これまでは、競争の時代だった。
そして、競争することで、テクノロジーや経済が発達し、物価も安く、庶民ですら豊かになった。
だが、今後は心・・・と言うか、愛の時代になる。
これまでは、「他社に勝つぞ」と頑張ることで、優れた技術やサービスが生み出されたが、今後は、「皆を幸せにしよう」と思うことで、自然に知恵やアイデアが出て来てくるのだが、それは、これまでの競争で生み出される技術やサービスとレベルの違う高いものになるはずだ。
競争の時代は、闘争心が強いことが有利だったが、今後は、愛が強い者が圧倒的に高い力を発揮する。
どういうことかと言うと、確かに、怠惰よりは闘争心の方がマシなのだが、闘争心は点数の争いだから、左脳の勝負になり、左脳の範囲の力しか出せない。
しかし、愛は、点数とは関係ない右脳の力を引き出すので、損得を勘定して争わなくても、右脳が天才の能力を発揮する。
その兆しは、20~30年くらい前からあったが、これまでは、ある程度の闘争心も必要だった。

政治の世界のように、実質、世襲制の世界では、闘争の時代以前のレベルに堕落し、全く無能に陥っている。
一方、テクノロジーの世界では、競争によって切磋琢磨し、進歩したが、それでは限界に達しようとしている。
しかし、愛を持てば、不意に、これまでにない超高度なテクノロジーさえ生み出すことが出来る。もちろん、最低限の左脳的基礎・・・つまり、論理も必要なのだが、それは簡単に身に付く。
だから、今後は、何をおいても愛を持つことで、結果として幸福になる。
そして、堕落し、腐敗し切った政治の世界だって、愛のある者が取り組むことで、本当に優れた政治が行われ、国家は尊厳を取り戻す。
ただ、今の人は、愛とは何か知らないし、妙なものを愛と混同している場合が多い。
もちろん、親切や思いやりは愛であるが、「愛があると儲かって幸福になる」という下心を持って、不自然に親切にしたって、すぐにボロが出る。
親切とか、思いやりは、愛があれば自然に出てくるものだ。

では、どうすれば良いのかについては、「公式」はない。
だが、今の人は、「こうすれば儲かる」式の公式を欲しがる。
とはいえ、毎日、必ず福音書を読んだり、仏典を読めば、悪いことにはならない。
解説書など見ず、ただ、淡々と読むと良い。
聖歌を聴いたり歌ったり、念仏を唱えるのも良い。
ただ、それなりの根気は必要だ。
愛が備わったかどうかは、自然に親切な行いをしたり、優しい言葉を使うことになることに現れる。













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