人身御供(ひとみごくう)という風習は、多くの国や地域であったのだろう。
人身御供(ひとみごくう)とは、神に対して、天災(地震、台風、干ばつ、疫病等)を起こさないよう機嫌を取るような意味で、人間の生贄(いけにえ)を捧げるといった観念があるのではないかと思う。
人間の生贄ではなく、物や動物を奉納する場合も多いのだと思うし、これなら、今でも行われているが、天災による被害が長期に渡った時、「より高級な生贄を捧げないと神は機嫌を直さない」と思って、人間を生贄にしたんではないかと考えられる。

ところで、人身御供といえば、割と、こんなイメージがあるかもしれない。
下層の民の中で美しい少女を見つけ、その親にとってはそれなりの金や物を渡して、人身御供にしてしまうというものだ。
そうやって選ばれた少女は、儀式の日に定められた場所で、首を切られたり、あるいは、別の方法で殺害される。
だが、岡本太郎の『美の呪力』という本を見ると、ある民族では、男女の一組を人身御供に選ぶが、選ばれることは名誉なことであり、また、人身御供になるまでの1年ほどは王侯のような暮らしをさせる。しかし、儀式の日には、かなり残酷な殺され方をする。
現在、人身御供は、少なくとも、文明国や文明国と交流のある所では行われていないと思われるが、風習的には残っていることもある。
例えば、特に階級に関わらず、神に捧げるのに相応しい人間(私が知るものでは、やはり少女であるが)を選び、ただ儀式を執り行わせる。それを、一定の年齢になるまで行わせ、その後も一生、大切にされる。

人身御供に選ばれるのは、映画やアニメでよく見られるのでそう思うのかもしれないが、やはり、若い娘・・・というより、少女で、それが、人間から見ても最上の価値があると思われるのだと思う。
たとえば、ゾロアスター教の聖典『アヴェスター』では、死んだら、生きている間に行いが良かった男は、15歳の素晴らしい美少女が迎えに来てくれるらしいが、数千年前の15歳は肉体的には今より幼いかもしれないが、精神的にはかなり大人であったと考えて良いと思われ、やはり、最も好ましい存在であったと思う。
ソクラテスが、大ヒッピリアスという最上の賢者とされた人物に、「最も美しいものは何か?」と尋ねたら、大ヒッピリアスが「美しい少女だ」と即答したという話があり、やはり、人類の間で、美少女というのは貴いものと認識されているようだ(ただし、ソクラテスは、人間の中では最高の美少女でも、女神に比べればみすぼらしいと指摘した)。

ところで、人身御供については、こんなことを考えるのである。
神に対し、最高の供物を捧げるという意味で、最高の美少女を人身御供にするというのは、「頭が悪くないか」と思う。
というのは、殺される少女や、その家族にとっては、それは悲劇なのであり、至高の存在である神が、そんなことを望むはずがないことは明白である。
ましてや、アニメの『地獄少女』のように、下層の民の中の娘を選ぶのは上層の民のエゴイズムであることは、いくら何でも明らかで、神にそれが隠せるはずがない。
もし、天災や凶作が続くとしたら、むしろ、そんな悪しき風習を行っていることを神が怒っているからだというのが、子供でも分かる理屈である。
著名な精神科医・心理学者であったカール・グスタフ・ユングが好きだったという、こんな話がある。
ある長期の(数年と思われる)干ばつに苦しむ村は、有名な雨乞い師を招いた。
雨乞い師が、3日の間小屋にこもると、雨が降り出した。
村の者が、「何をしたのか?」と聞くと、雨乞い師は「何もしていない」と言う。
ただ、この村は、神の美しい流れから外れていたので、せめて自分が、神の美しい流れに身をまかせたのだと言う。
つまり、この村で人身御供を行った訳ではないだろうが、そのような愚かなことが、この村の中で多くなっていたのだろう。

これは、村とか民族とか国家の場合だけではない。
我々、一人一人も、神の美しい流れから外れると、悪いことが起こる。
対して、その流れに乗れば願いは叶うが、それは少しも難しいことではない。神の美しい流れに身をまかせる・・・心を静かにして思慮分別をせず、なりゆきにまかせれば良いのである。













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