新型コロナウイルスの収束の予測は全く立たない。
夏までに収束するどころか、その頃には、いっそう感染が広がっていると考える方が現実的と言う者も多い。
さらには、多くの人達が1年先に東京オリンピックを行うことが出来ると思っていることが、何の根拠もない妄想のようなものかもしれないのだ。

いや、別に、マイナス思考をお薦めするのではない。
それどころか、前向きな話をしたいのだ。私はいつでも前向きである。
つまり、コロナウイルスの脅威が消えた後でも、それが存在しているかのような社会になれば良いのである。
多くの人間が、「新型コロナウイルスが収束したら、以前の活動に戻る」ことを当然のように考えていると思う。
その考え方を変えるのだ。
コロナウイルスのようなものは、ずっといて、去らない。
それであれば、それに対応した社会にすれば良いのだし、実は、それこそが、今よりはるかに素晴らしい未来世界なのである。

新型コロナウイルスによる新型肺炎に罹らずに済む方法は、ただ1つ。
過密ならないことだ。
では、過密にならない社会になれば良い。
幸い、今は、インターネットがあるのが当たり前の世界だ。
そうでない地域にだって、インターネットを構築し、1人1台以上の端末を提供することは可能だ。
過密になることが必要なことは、まあ、ない。
そもそも、オリンピックや高校野球甲子園大会、あるいは、サッカー、ラグビー、アメリカンフットボールなどで、大観衆を集める必要は本来ない。
前場所の大相撲が完全無観客で行われたが、今はそれに違和感があるだけで、振り返ると、相撲本来の音が実に素晴らしかった。
行司の声があんなに良いものだとは思わなかったし、力士の息づかい、ぶつかり合う時の音は、まさに芸術的だった。
あんな良いものを、これまで聞くことが出来なかった。
力士達だって、観客がいないからこそ、勝負に集中出来、いつもよりも高度な戦いが行われたに違いないのだ。

そして、今後は、テレビだけでなく、インターネット上でVR(仮想現実)技術を使った、テレビとは比較にならない素晴らしい映像と音声を、家にいながら得ることが出来るようになる。
NTTは、kirari!という「空間ごと配信するかのような、超高臨場感のリアルタイム配信システム」を作っており、それを常時使えるよう、発達させれば良い。
現在は、大掛かりな設備が必要であるが、技術の進歩で改善出来ることである。

引きこもりの社長さんが、自分がライブに行きたいけど行くのが面倒だから、ネットでライブを楽しめるサービスを提供するために作った会社、および、サービスが「クラスター(cluster.)」だ。
そう、いまや、集団感染の意味で使われているクラスターという言葉を、平和的な意味で使うサービス、会社名なのである。

例えば、私が毎年、この上ない楽しみにしている、初音ミクさんのライブ「マジカルミライ」をVR形式で行うことは可能と思う。
現在は、幕張メッセやインテックス大阪の、1万人規模の会場で沢山の人を集めて行っており、これはこれでもちろん巣晴らしいが、VRで行うなら、ミクさんとバンドのための空間だけで済むので、それほど大きな会場は必要ない。
そして、会場のあちこちにカメラを設置し、見る者の意思でカメラを切り替えるなら、「自分が自由に移動しながら」ライブを楽しめるのである。
あるいは、カメラのズーム機能で、ぐっと迫ったり、引いたりも出来る。
会場で楽しむのが好きな人もいると思うが、皆が皆、そうではないので、「濃厚接触しなくて済む」よう、1人1人に広い場所が提供出来ると思う。
こういったことは、いずれ、必ず行われるはずであるので、ちょっと進歩を早めれば良いだけのことだ。
ミクさんのライブを、kirartri!、あるいは、これに匹敵するシステムで、高い臨場感を持って自宅で楽しめれば、実に巣晴らしい。
もちろん、あらゆるライブ、漫才、落語、歌舞伎、能、クラシックコンサート、講演、スポーツ、その他で、同じようなことが出来るのである。

これまで通り、外に出かけ、これまでと同じように行うことだって、当然出来る。
その場合も、密集が起こらないよう工夫され、快適さが増す。
密集させた方がボロ儲け出来る者が多いのだが、そんな連中の強欲な稼ぎのために、我々が不快な思いをする必要はない。
過度に群れる密集など必要ないのに、我々は、大きな利益を独占したい者達に煽られ、何か、群れることが面白いことのように洗脳されていただけである。

群れることのない世界では、経済活動はより健全になり、富の再分配が行われる方向に進む。
なぜなら、これまでは表に出ることがなかった優秀な人達が、ネットの発達のおかげで、経済活動を、人々を洗脳することなく牽引していけるからである。
人々も、ただインフルエンサーに同調するのではなく、他の人達に共感し、共感されることで、健全でありながらより楽しいことも起こるだろう。
そうなれば、いずれお金に意味が意味がなくなってくるに違いない。

このように、変化する世界を前向きに捉え、賢くなり、世界を良いものに変えていけば良いのである。
友達百人作って、群れて遠足に行く等、軍国主義者達が作り出した「狂育」である。
君子の交わりは淡いものであると言うが、君子でなくても、本当の友達とは、べったりつるんだりしないものである。








  
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