1927年に公開された映画『メトロポリス』は、西暦2026年のディストピア(暗黒社会)を描いた世界初のSF映画だ。
人間と区別がつかないロボットが開発されるという、当時としては斬新な発想が取り込まれてる。
そして、原作も存在するこの映画では、人類の未来は明るいものではなく、科学技術は発達しても、世界は、そのような暗い悲惨なものになると予想したのである。

ただ、この映画では、何が悪いのかというと、今日考えられているような、人類の知性を超えたAI(人工知能)が世界を支配し、人間の自由を制限したり、最悪、人類を滅ぼすというのではなく、「格差社会」の行きついた先であるという、考えてみれば、何とも現実的なお話だ。
つまり、現在、既にそうであるように、富める者と貧しい者の2極化がどんどん進み、中間層が存在しなくなる。
それは、科学技術が発達するほどさらに進んでいく。
そして、『メトロポリス』では、富裕層は、贅沢に楽しく生きる一方、大多数の貧困層は、工場で1日中働かされるのである。
ただ、この映画では、アンドロイドは登場しながら、産業用ロボットが存在せず、働くのはもっぱら人間の労働者であるが、当時はもちろん、ファクトリーオートメーション(工場の自動生産設備)は存在せず、ロボットが働くという発想をしなかったのかもしれないが、そのあたりはよく分からない。
ところで、1993年の4話完結のタツノコプロのアニメ『キャシャーン』では、未来社会において、ロボットが世界を支配し、やはり人間を工場労働者として使役してはいるが、それは、ロボットのAIの中に「人類を滅ぼしてはならない」という指令が組み込まれているからで、ロボットが「人間とは、あまり効率の良くないパーツだ(働かせ過ぎると死ぬし、餌も必要)」と嘆く場面がある。

今後のAI社会の到来を危惧する人々もいるが、そんなことを心配するのは、意外にも知識層である。
イギリスの天才哲学者ニック・ボストロム(コンピューターや数学・物理学等、あらゆる学問に通じている)は、AIはすぐに人間をはるかに超えた知性を持つようになり、AIにとって人間はアリのような存在になるので、滅ぼされないよう全力で備えなければならないと力説する。
同様な心配をする人達の中には、イーロン・マスクやビル・ゲイツ、それに、あのスティーブン・ホーキング博士(故人)もいる。
一方、「そんなことはあり得ない」と言うのが、マーク・ザッカーバーグや伊藤穣一氏らだ。
どっちが正しいなんて、私が言うのはおこがましいが、AIが自主的に人類を支配することは有り得ないが、一部の者達がAIを使って世界を征服することは十分にあり得るし、それが未来の脅威であることは間違いないと思う。
あるいは、AIの誤用で人類壊滅規模の被害が起こりかねないということも考えなければならないだろう。
しかし、AIが「俺様は人間より優秀だから、人間は俺様に従わなければならない」なんてことを考えるのは、ちょっと・・・いや、かなりおかしい。

昨日、面白いものを見た。
1964年のアニメ『エイトマン』の『20話 スパイ指令100号』という回で、ある科学文明が高度に発達した国では、ロボットが国を支配し、人間は地下工場で強制的に働かされていた。
ところが、そのロボットの監視振りを見ていると、言っては悪いが、AI脅威論をTEDで熱く語るニック・ボストロムを思い出してしまう。
だが、なぜこんな事態になったのかというと、この国の大統領が、国民の幸福のために、全てを機械化した快適な生活環境を実現するために、科学技術の発達を推進させたが、その中で生み出されたAI(当時はAIという言葉が一般的ではなかったので、この作品中も「電子頭脳」と言われていた)が、「自分は人間よりはるかに優秀なので、人間は自分に従うべき」と考えるようになってしまったからだった。
しかし、考えればお解かりのように、自他を優劣で区別するのは、人間の自我的発想で、作ろうと思えば作れるかもしれないが、敢えてそんなものを作る理由もない。
可愛い女の子のロボットに、そんな自我機能を組み込み、「あなたは私のマスターかもしれないけど、好みじゃないから言うこと聞かない」と言われるのを喜ぶ人がいないとは限らないが、普通、ロボットには命令服従を求め、そのように作ることだろう。
まあ、このあたり、考えるとキリがないが、最後にエイトマンはこう言うのである。
「人間にあって機械にないのは、夢と愛だ」
ところで、そのお話の最後に、なんと、ジェームズ・ボンドが登場する。55年前のお話だから、当時、ボンドが35歳とすれば、現在「まだ」90歳。
「シンギュラリティ」の概念を提唱したレイ・カーツワイルによると、21世紀には、身体の機械化はどんどん進み、人間は不死に近付くので、90歳は老人にならない。
・・・と、そういったことから、何か歪みが生まれ、それがディストピアを作るのかもしれないが・・・

ただ、スマートフォンやスマートスピーカー、あるいは、多くのIoT機器は、常時、我々の声を聞き、姿を見、行動を追跡していることは確かで、我々は「シャンと」しなければ、知らないうちに自由を奪われている状況になりかねない。
だが、その原因を作るのはAIではなく、支配層である。
4月に出版される私とMr.φさんの共著の『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)を読み、楽しみながら実践的にAIを理解していただければと思う。
・・・と言っておいて何だが、諸事情で、出版が5月にずれ込む公算が高くなってきた。より良い本にするために、まだ手を加えている。また追ってご報告しようと思う。








  
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