成功する人間の特徴は、感情をコントロール出来ることだと言われる。
しかし、感情とはコントロール出来ないものだということが分かる。
「恋する心は止められない」と言うが、それが良くない恋でも同様だ。
好みのタイプの男や女を見れば、恋心が燃え上がるのは止められない。相手が人妻でも、自分に恋人や伴侶がいてもね。
ところが、特に最近、それを行動に出してしまう困った人が多い。
教師が生徒に、警察官が容疑者に、大人が子供に、医師が患者に、強制猥褻行為に及ぶのは、感情のコントロールの問題ではない。
その原因は、「言葉の使い方を教えて貰わなかったから」である。

ある映画で、元同級生の男性医師に、女性が、「きれいな患者さんだとおかしな気にならない?」と尋ねると、男性医師は「ちょっと目を楽しませるだけさ」と言う。
この立派な医者だって、「密かに目を楽しませる」といった感情は起こるのである。しかし、おかしな行為をするはずがない。
その理由は、彼は親に、「お前は不道徳な行いはしない子だ」と言われ続け、やがて自分で、「僕は間違ったことをしない」と言うようになったからだ。

ずっと前から、「切れる」若者が多くなったと言われる。
どんな立派な人間だって、心の中では怒る。しかし、普通は、それを行動に起こしてしまうのは、よっぽど幼い馬鹿だけである。
だがなぜ、中学生とか高校生、それどことか成人した後でまで、感情を爆発させて、愚かで暴力的なことをしてしまうのか?
それは、「僕は暴力はふるわない」「私はいつも礼儀正しい」「僕は紳士だ」といった言葉を言わずに(言うことを教えてもらえずに)育ったからだ。

なぜ、食べ過ぎて肥満してしまうのだろう?
それは、十分に食べた後、「僕はもう欲しくない」と言葉で言う(思う)習慣がないからだ。
だから、食欲のままに食べてしまう。

毎日、運動すれば、体力がつき、スタイルも良くなると解っていて、なぜしないのか?
それは、「私は毎日運動する」と言葉で言う知恵を教えてもらわなかったからだ。
けれども、いかにも気合を込めて「運動するぞ!」と言う必要はない・・・というか、そんなふうにしてはいけない。
ただ、冷静に、淡々と、「私は毎日6時に運動する」と言葉で言えば良いだけなのだ。

なぜ決まった時間に寝て、起きるという、本来、子供でも出来る簡単なことが出来ないのか?(言うまでもなく、どうしても必要な用事がある場合は別だが)
それは、言葉で、「私は10時に寝る」「5時に起きる」と言わないからだ。

画家になりたければ「私は毎日絵を描く」と、作家になりたければ、「私は毎日文章を書く」と言葉で言えば良いだけなのに、そんなことを、親も教師も教えてくれなかったのだ。そして、親や教師も、その親や教師に教えてもらっていないのだ。

そして、それよりも先に、「私は思うように行動出来る」「自分の感情に負けない」という言葉を、自分で言うよう、誰も教えてくれなかったことが不幸なのだ。
しかし、今からでも遅くない。
正しい言葉を使えば良い。
「私は信頼される行動をする」「私は正直だ」「私はこの仕事が出来る」「絶好調だ」「私は自分が正しいと思うことが出来る」「私は元気だ」「私は勇気がある」
何度も言うが、感情的に言っては(思っては)ならない。
冷静に、淡々と言うのだ。
なぜなら、力ある言葉は、感情を超えた「静かな場所」から出るものだからだ。
静かな言葉が使えるようになったら、
「思い通りになるのが人生だ」「私に不可能はない」「私は世界の支配者だ」「私は富豪だ」
などと言葉で言えば、その通りになる。
人間は、そのように出来ているからである。








  
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