物凄く重要なことに気付いた。
それは、考えるより、覚える方が大事だということだ。
いや、それどころか、考えることには何の意味もない。
いやいや(笑)、そもそもが、人間は(犬もだが)、考えることが出来ない。
実は、思考というものは「発生する」だけであり、我々が自分の力で「作り出す」ものではない。
だが、我々は、自分が考えていると思っている。
これは別に、突飛なことではなく、様々な分野での科学的な実験で証明されているらしい。
興味があれば、前野隆司さんの本あたりを読むと良い。

なら、何をすることが大切かというと、有益なことを覚えることだ。
なぜなら、脳に記憶されたことを原料にして考えが起こるからである。
つまらない情報を脳にインプットすると、つまらないアウトプットしか出てこない。
だが、優れた情報を脳にインプットすると、アウトプットも素晴らしくなる。

よく、「学校は生徒にインプットばかりさせ、生徒はアウトプットの機会がないから能力が育たない」と言う者がいるが、それはちょっと違う。
教科書というのは、インプットしても、良いアウトプットを出させない残念な情報なのだ。
なぜなら、教科書とは、国家が国民を子供の時から奴隷にするために作ったものだからだ。

インドの聖者、ニサルガダッタ・マガラジは、師の「あなたは至高の実在である」という言葉を覚えていたから、7年で悟りを開いたという。別に修行は何もしなかったらしい。頭の中にインプットされた情報が、じわりじわりと、精神を変革していったのだ。
マハラジでなくても、偉大な人間は、聖書の中の1つの言葉や、イエスや釈迦が言ったとされる言葉のうちの1つ、あるいは、それに匹敵する言葉を覚えているものなのである。
そして、覚えていられるのは、本で言えば、せいぜいが十数ページの長さである。
岡田虎二郎が、ルソーの『エミール』の序文を覚えていたように。
同じように、優れた本の序文や第1章を覚えていることが、あなたの役に立つだろう。
本全部を読んでも、あまりに希薄な情報しか頭に入らないので、それでは優れたアウトプットは起こらない。
また、最初に良いことを書いてない(著者の自慢話とか)本は、啓蒙書では、あまり良いものはない。
ジョセフ・マーフィーの本なども、序章や第1章に大事なことが書かれている。そして、全部を読むと、その大事なことを忘れてしまうのだ。大事な部分を覚えた後でなら、補足程度に、残りも読んでも良いだろう。











  
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