お金持ちというのは、豊かな家庭で育った人に多いらしい。
特に日本は、高学歴だと自動的に富裕層になれるが、子供に高い学歴を得させるには、子供の頭が極端に良くない限り、かなりのお金がかかる。
ただし、豊かな家庭で育った者は、そこそこ豊かにはなるが、それ以上にはならないし、冒険のない、つまらない人生を送る。
そして、不測の事態が起こって、豊かさから転落すると、落ちることを止められず、悲惨な人生になる。
中でも、豊かな家庭で、甘やかされて育った者は、予想外の出来事に弱く、万一、巧妙な詐欺師等、頭が良くて悪いたくらみを持つ者につけ入られたら終りである。

育った家庭が貧しく、学歴がなくても、金持ちになることは出来る。
しかし、貧困層出身者は、自分は豊かになれないと思い込んでいる場合が圧倒的に多い。
けれども、彼らの障害は、まさに、「自分は金持ちになれない」という思い込みだけなのである。
豊かでなくても、どん底という訳でもなければ、そのまま下流家庭のまま終わってしまう場合が多い。人間は、つくづく変化し難いものなのだ。
だが、最低の状況にまでなり、「どうしてもお金が欲しい」「絶対金持ちになってやる」と思うと、それを叶え易いのである。
別に、極貧にならなくても、お金を持ちたい動機があれば、それが力になる。例えば、貧しい男が、好きな女性を金持ちの男と取り合い、経済力の差で負けたと感じた場合などだ。
将来の不安は、あまり良い結果を生まない場合が多く、その不安が恐怖になれば、普通の人は打ちのめされて無気力になる。
ところが、中には、不安や恐怖がどうしても嫌で、それを消すために金持ちになってやるという意欲を強く持つことがある。そんな者は大抵うまくいく。
要は、エネルギー、衝動、熱情である。

賢い金持ちは、子供に贅沢をさせないばかりか、不足が多い状態に置き、自分の力で富を得る動機、情熱を与えるのである。
だが、多くの金持ちは、子供に好かれたいとか、子供に自分の偉さを示したいばかりに、子供に何でも与えてしまい、子供を駄目にする。
今までの日本は、富裕層は、よほどのことがない限り、馬鹿息子も豊かさを保っていられたが、実は、そんな時代は終りつつある・・・いや、終わった。
今や日本の国力が衰えているにも関わらず、政府の要人は自分の利益を守ることしか考えていないので、これまでなら豊かさを保てた家庭からも搾取を始めており、能力がなければ、あっさり剥ぎ取られることになる。
逆に、これまでは浮上が難しかった下級庶民が、やる気さえあれば、金持ちに取って代わることが出来るようになった。もっとも、そんな平成・令和の成り上がりも、子供を甘やかしたら、やはり子供が駄目になるばかりか、ひどく駄目になるのだ。

そんな訳で、今や、貧しい者は幸いだし、そこそこ豊かな者も、やる気になればうまくいきやすい時代だ。
ただ、さっきも言ったが、貧しい層の中には、自分には出来ないと思っている者が多いのだ。
その意識改革をするには、ベン・スイートランドの『私はできる』の第1章や、クラウド・ブリストルの『信念の魔術』の最初の方だけ読むと良い。
途中以降の、ごちゃごちゃと著者が頭で考えて書いたことは、かえって混乱し、時間の無駄だから、読まない方が良いかもしれない。
とにかく、あなたがやるべきことは、最初の方に書いてある。だが、読み過ぎると、その肝心なことを忘れてしまう。
だから、「これだ」と思うものが見つかったら、後は読まないことである。











  
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