自分に向いた仕事は何だろう?
自分に向いた仕事をするとはどういうことかというと、スペシャリストになるということだ。
しかし、日本では、スペシャリストになるべき仕事が見つからない。
なぜかというと、日本という国は、一般庶民を、働き蟻や働き蜂のように、ただの労働者にする国だからだ。
よって、国民の大半が、特に専門とか特技を持たないサラリーマンと呼ばれる労働者なのであり、そのことに疑いを持たない。
それはつまり、国家の奴隷であるということだ。
まあ、そうだからこそ、今のところ、日本経済はそこそこ強く、国民は働き蟻としての生活は保たれているのである。

子供のうちこそ、YouTuberやサッカー選手になると言うが、そんなもので食べていけるのは千人に1人、万人に1人で、大学を卒業する頃には、大半の者の関心は、大きな安定した会社に、どんな仕事でもいいから入社することになる。
高校や中学を出て就職をするとなると、むしろ、一層、現実の厳しさをつきつけられ、立派な働き蟻になることが目標になる。

だが、いまでも、中学生や高校生の間で、システムエンジニアやプログラマーといったIT技術者になりたい者は多いらしい。
とはいえ、彼らに、IT技術者の実態が示されることはない。
その理由は単に、IT技術者なんて言っても、実態はあまりに千差万別で、「これがシステムエンジニアだ」なんていう標準的な形はないからだ。
こういうことすら、ほとんどの人は知らないだろう。
そして、プログラマーやシステエンジニアだって、ほぼ全員、ただのサラリーマンである。しかも、身体と心に悪い労働をするサラリーマンで、目標とすべき点は特にない。

大半の仕事がAIにとって代わると言われているが、それは違う。
AIに手足がある訳ではない・・・つまり、そこらに高性能なロボットがうじゃうじゃいる世界にはまだなっていないのだから、AIがロボットの身体を手に入れ、それが安価に量産出来るようになるまでは、人間の代わりは出来ない。
ただし、それは、人間の仕事は手足を使うことだけに限定されてくるということだ。
パターン通りに考えるという部分は、もう大昔にコンピューターが行うようになっている。
今後は、予測するという部分をAIが代わりにやることになるのだが、誰も気付いていないが、予測するということは、人間に残された最後の人間らしい精神的作業なのである。
そこをAIがやることになったら、一般庶民は、ついに完全に、働き蟻・・・奴隷になる。
まあ、人間の器用な手足は、なかなか有用なのである。

賢い救世主達は、わけあって、救われる方法を、ひそかに暗号化して世の中に出し続けた。
だが、それに気付くのは、食えるYouTuberより少ないし、力を持つまでになる者は、ほとんどいない。
そして、真実に気付かないようにさせる情報の方がはるかに多い。
大衆が喜んで見るものを好むようになれば、完全な奴隷である。
そうなる前に、助けに向かって手を伸ばすことである。











  
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