正直、どうしようと絶対に救えない人間というものがいる。
そんな人間に限って、天下国家を語ることが多いから滑稽だ。
皆が自分を救えば、それが天下のためになるというのに。

自分の状況を改善し、健康で豊かになるためには、心が弱くては駄目だ。
つまり、どうしようもない人間というのは、心が弱いのである。
自分のことも面倒見れないのに、政治問題・経済問題・福祉問題・教育問題等、大それたことを言いたがるのは、心が弱くて自分の問題から逃避しているだけである。
心を強くするためには、古くもなんでもなく、修行することが必要だ。
精神修行では駄目・・・つまり、坐禅をしたり、滝に打たれても意味はないという意見もあるが、それを1年365日、欠かさず続けるなら、ちゃんと心は強くなり、有能な人間にもなる。
般若心経を1日たった10回唱えるとか、「南無阿弥陀仏」を1日わずか百回唱えることでも、やはり、1年、よほどのことがない限り欠かさなければ、それ以前と比べれば別人になる。
とはいえ、一般的には、まず、実務的な修行をし、それが十分なレベルに達すれば、より高い境地を目指して、精神的な修行をするというのが、早く経済的などの問題が改善され、楽である。

私の面白い修行をご紹介しておこう。
まあ、私の場合は、かなりのマイナスが少しプラスになった程度であるが、それでも大躍進だ。
しかもそれは、あまりお薦めできない愚人の修行であるが、それでも効果があったのだ。
参考になればと思う。

●その1
ある年の年末から、翌年5月末まで、1日も休暇を取らず、朝7時半から、夜12時前まで働いた。
残業時間は、月に軽く200時間を超えていたはずだが、定時出社、定時退社で報告し、休日はちゃんと休んだことにし、結果、残業手当は1円も受け取らなかった。
その状態を半年ほど続けた結果、倒れて意識不明になり(10分程度だったそうだが)、そんな状態が終わった。
その後、運勢は確実に上昇した。また、ソフト開発の仕事をしたので、技術が格段に向上した。
特に必要なかった残業代を貰わなかったことが、高位の存在から一定の評価を得たと思う。
●その2
1日1食の菜食主義で、その一度の食事も少量の粗食で、間食も一切とらない生活を何年か続けた。
それでいて、朝夕の運動も欠かさず行った(やや無理な運動で、今でも肩や腕に軽い障害がある)。
これも、大変に効果があり、完全に病人の身体であったのが概ね健康になり(メニエール病も自然に治った)、その他の運命レベルも向上した。
現在は、これほどの無茶はしていないが、節制を保ち、運動等は洗練されてきた。
『マスターの教え』と『マジックストーリー』を10回ずつ読んだ。

上記の事柄は、下手をすれば、生命の危険があり、こんな極端な馬鹿をすべきではないが、特に若いうちは、多少の無茶をするのも良いかなと思う。

●その3
現在である。
昨年6月から四股(大東流合気柔術式)を始め、最初は1日100回、やがて、300回、そして、500回になり、昨年11月からは1日1000回以上を欠かさない。
その他にも、腕降り運動は1日1000回以上で、これらの運動がメインであるが、腕立て伏せやスクワット、それに武術訓練も適度に行っている。

もし、修行をしていなければ、まず、生きていなかった可能性があり、貧困層に陥っていたかもしれない。
適度な修行は、なかなか楽しいものである。
皆さんもお一ついかが?








  
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