昔、アメリカで、どれほど成功法則の本を読み、なおかつ、その教えを実践し努力しながら成功しなかった男が、ある日、究極の成功法則を発見し、以降、大成功したという。
その男は、アメリカの作家マイク・ハーナッキーで、当時はかなり話題になったが、今はさっぱり聞かない。
ただ、かなり前、彼のWebサイトを見つけたのだが、彼は、ある時期から、騒がしい場所から身を引き、金もあるので、引退生活を満喫しているように思えた。
彼の発見した究極の成功の秘訣は、当時の彼の本の回りくどい表現を簡潔にすれば、「目標を達成するために必要なことは何でもやる決意をする」である。
ちなみに、必要なことは「決意すること」だけで、実際には何もしなくて良い。
ただ、おそらく、何もしなくて良いが、やりたいと思ったらやれば良いのだろう。
彼も、失業者から作家になった時は、がむしゃらだったようだ。
ただ、それは、後から考えればそうだっただけで、やはり、本人は、特に何かをしたとか、苦労したとは思っていないらしい。

ハーナッキーは、いい線いってたのだが、やはり、ちょっとズレていたと思う。
ただし、表現がマズかっただけで、本人はやり方を知っていた。だから、有名にもなれたのだ。
ハーナッキーと同じやり方をしている(していた)人達の話を見て、表現のマズさを修正しよう。
その人達は、作詞家の阿久悠さん、UFO研究家の矢追純一さん、画家の足立幸子さん、それに、物理学者の保江邦夫さんだ。
私が覚えてる、これらの人達の表現はこうだ。
阿久悠さん「うまくいった場面をイメージし、忘れる」。
矢追純一さん「目標を決め、後はなりゆきにまかせる」。
足立幸子さん「決意し、ぼーっとする」。
保江邦夫さん「考えない」。
足立さんと保江さんは、講演等、教える時には「口から出まかせを言う」というところも共通している。
矢追さんも、セミナーでは、受講生は寝ていても良いと言うから、多分、言うことは出まかせなのだろう。
阿久さんの詩も、出まかせに違いない。
つまり、共通して、皆、考えないのだ。
そして、ハーナッキーが言う「必要なことをする決意」は、本当は、「目標を達成することを決意する」ことであり、それを強めるために、「必要なことは何でもするぞ」と思っただけのことだ。大切なことは、あくまで、目標達成を決意することだ。
しかし、普通の人は、難しい目標の達成をなかなか決意出来ず、きっとハーナッキー本人もそうだったので、「それを達成するためにどんなことでもする」決意をするという、一種の「代行」が必要だったのだ。
それなら、「目標を達成出来なかったら死ぬ」という決意でも良い・・・いや、こっちの方が良いのだが、下手にこんなことを言って、本当に誰かに死なれたら責任問題になりかねない。だが、「死」と引き換えほど決意を高めてくれるものはないので、実際問題、これが一番だろう。よって、あくまで秘密として言えば、目標を達成するための究極の秘訣は、「目標を達成出来なかったら死ぬと決意する」ことだ。
ところが、それが分かると、大抵の目標には、さしたる価値がないことが分かるだろう。
「就職出来なかったら死ぬ」なんて思う馬鹿はいないだろうからね。
とはいえ、就職も立派な目標だ。
だから、「就職出来なかったら、大好きなチョコレートを食べない」程度で良い。
これは、上杉謙信の「一生、女を抱かないので、戦で勝利させてくれ」という、神への祈願のための生贄である「断ちもの」の逆プロセスだ。
謙信も、「戦に負けたら、生涯、女を抱かない」で良かったと思うのだ。
しかしまあ、目標達成の決意さえ出来れば、後は、ぼーっとして何も考えなければ良いのである。
ただし、決意は強くなければならない。
強い決意をするために、上に述べたやり方を、自分がやり易いように組みなおせば良いのである。
ただ、いずれは、簡単に決意が出来るようになる。
ハーナッキーも、その境地に達したのだと思う。











  
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