遺伝子は、全体的には速くても数千年単位で変化するので、生物としての根本的進化は遅いが、脳神経細胞は、生まれてから環境との適応の中で働き方のパターンが変化する。
ただし、一世代で変化する遺伝子情報もあるし、新しい研究によれば、環境と適応して即座に遺伝子情報が変化することもあるらしい。
しかし、根本的には、生物の進化は遅い。
一方、人間の知恵の進化は速く、知恵が生み出す成果であるテクノロジーの進化はもっと速いばかりか、様々な要因で、指数関数的に進化する。
よって、人間はテクノロジーの進化についていくのが難しい。
テクノロジーの恩恵を受けていても、原始時代と変わらない部分がある。それを無視することから悲惨が起こるのである。

1956年の映画『禁断の惑星』は、今でも通用するSFX技術が駆使されているが、ストーリーも哲学的で面白い。
太陽系から遠く離れた惑星で、地球人類とは比較にならないほど科学技術を進歩させた宇宙人がいたが、絶滅してしまった。
彼らは、イメージを具現化する装置を発明したが、それほど進化した彼らの潜在意識の中にも、原始時代の意識が残っていて、それ(原始時代の意識)を装置が具現化させて恐ろしい怪物を生み出し、その怪物が、惑星の住民を皆殺しにしてしまったのだった。

つまり、どれほど進化しても、肉体がある限り、人類は動物であり、この動物である部分を無視してはならないし、大切にすべきところは大切にしなければならない。
文明なんて、30万年の人類の歴史の中では、ごく最近のことで、人類の歴史が1年としたら近代文明は10秒程度のものらしい。
長い歴史の中で、人類は、昼行性であり、夜明けと共に起き、日が沈むと眠った。
もちろん、ずっと、夜起きて朝寝る生活を続けると、脳神経細胞や一部の遺伝子は、それに適応するが、最も良いのは早寝早起きだ。
それ(早寝早起き)が出来なくても、規則正しい生活が最低条件になる。

運動でいえば、農耕民族は走るのに向いていないが、狩猟民族は走るための遺伝子を作っている。
縄文土器の空間的特性を見れば、当時の日本人は狩猟民族であったと岡本太郎は言ったが、保江邦夫氏が言うように、当時の日本人が、今日で言えば超能力的なイメージ具現化能力を持っていたから、あのようなものを作ったのだとしたら、別に、狩猟をしていた訳ではない。
スポーツで見ても、日本人は、陸上競技やサッカーのような走るスポーツには根本的には向いてないし、狩猟民族のように、大きく強力で格闘向きな身体ではない。
だが、特に、高い位置にある木の実を掴み取ったり、逆に、低い位置にある草を引き抜いたり、道具で何かを叩く動きには遺伝子的に対応している。
また、長時間、しゃがんだ姿勢をする身体の構造もあるのだと思う。
そして、農耕民族は、四季の移り変わりに適応した、ゆっくりとした動きが性に合う。
能や歌舞伎、あるいは、狂言の動作には、日本的農耕の特性が現れている。
日本固有の格闘技である相撲は、今はやや、本来の動きから離れていると思うが、四股の大地を踏みしめる動作、引っ張ったり、押したりする動作は、格闘技以前に、生活の動作の中心であったもので、すこぶる日本人に合っている。
和太鼓も、日本人の生活の動作から来ているもので、太鼓を叩くことは非常に健康に良く、熱心にやれば、日本人のDNAが点火する。
初音ミクさんのライブでの、ペンライトの動きで最も多いのは、やはり、太鼓を叩く動作で(ただし両手同時に叩く)、いやおうなく盛り上がる。

よって、私が、運動は、最後は四股(ただし、相撲式ではなく、大東流合気武術のコンパクトな動作)にたどり着いたのは自然なことだった。
他にも、叩く、押す、引くの動作を取り入れた運動が、日本人に向いている。
例えば、壁や柱を押す、あるいは、エア押し(柱をイメージして空中を押す)などの運動が良いと思う。







  
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