絶対の切り札を持つ者が一番強い。
それを使えば必ず勝つのだから、心に余裕が生まれ、余計なことを考えずに済む。すると、結局、何もかもうまくいき無敵だ。
ところで、よく、「切り札は最後まで取っておくものだ」と言うが、なぜ、そうする(切り札をなかなか出さない)のかというと、単に、その方が楽しいからで、別に、切り札をみだりに使っていけないわけではない。

プロレス史上最高のレスラー、ルー・テーズは、「技を何か1つと言われたら、迷わずダブル・リストロック」と答えた。
師の ジョージ・トラゴスから伝授された必殺の関節技だった。
プロレスなんだから、試合の筋書きはあるが、たまに裏切ってくる相手や、無茶をしてくる相手がいたり、その他の様々な理由で、どうしても、実力を見せる必要が出てくる場合もあるのだろう。
テーズは、この技で救われたことは数え切れないと言い、後1センチ締め上げれば相手の腕を折ったこともあったが、実際に折ったことは一度もなかったと言う(そんなビジネスの基本ルールをきちんと守ったので、60代になっても活躍した)。
テーズは自伝には、アントニオ猪木さんがアクラム・ペールワンの腕をこの技で折ったことは「事故と信じたい」と書いている。
猪木さんの信頼性高い伝記『1976年のアントニオ猪木』では、猪木さんとペールワンの試合は、試合30分前に、不意にペールワン側が、「試合はシュート(真剣勝負)」と一方的に通告して来て、拒否のしようがなかったが、やはり、猪木さんにも必殺の切り札、ダブル・リストロックがあったので、腹をくくることが出来たのだと思う。
もっとも、猪木さんには、師の「プロレスの神様」カール・ゴッチから教わった切り札もいくつかあり、ペールワン戦でも活用したようだ。ゴッチは、シュートをやらせたら世界一だった。
力道山と木村政彦の歴史的な試合は、必殺の切り札を持つ者どうしの、醜い裏切り劇だった。それがシンプルな真相であることは私には分かるのである。

『アラジンと魔法のランプ』で、アラジンが魔法のランプを切り札にするには、魔法のランプを大切にする必要があった。
あのお話は、実は、必殺の切り札は、普段から大切にしろという教えだった。
「アジマリカン」の必殺の呪文を切り札にするためには、普段からよく唱えておかなければならない。
最近は、「サムハラ」を呪文とすることが流行っているが、やはり、普段からよく唱えたり、サムハラのお札をいつも身に付けておくと、いざという時、力になってくれる。

私は、一頃、TM(超越瞑想)を必殺の切り札にしていたことがあった。
どうやって切り札にするのかというと、「超越瞑想を毎日欠かさずやっている」と思い出すだけで良い。
それで、どう考えても見逃してもらえないような交通違反(信号無視)で警官に捕まった時も全く落ち着いていて、当然のごとくお咎めなしだった。まあ、真似はしないで欲しいが。
今の私は、わけあって、TMに関して、あまり良い思いはないのだが、当時はそうでなかったので、力を発揮した。つまり、自分さえ思い込めれば何でも良いのである。
漫画・アニメ『まちカドまぞく』の優子の場合は「お好み焼き」という言葉を思い出すことだが、これで良いのである。

私は、コンピューターシステム開発の仕事では、MAGICという、イスラエルで開発されたツールを切り札にしていたことがあった。
それで、破綻しかけたプロジェクトをいくつも救った。
ユーザーがMAGICを導入してくれるかどうかは、考える必要がなかった。
私がMAGICを必殺の切り札と思っているのだから、自然にそれが使える状態になるのである。
ある高度なシステムコンサルタントは、ExcelとVBAが必殺の切り札と思っているので、実際にそれで、大きなプロジェクトをいつも危なげなくこなしている。
切り札を持つということは、中心を自分に置くことなのである。
切り札のない人は、中心を相手や外の事象に置くので、いつも振り回され、結局、敗北するのである。








  
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