私は、コンピュータープログラミングを始めとするIT技術を修得したおかげで、世の中を楽に渡ってきたが、考えてみれば、スタートは芳しいものではなかった。
最初に入ったソフト開発会社は1日で辞めたし、その次に入った大手企業のソフト開発部門もひと月で辞表を出した(辞めないことになったが)。
なぜそんなことになったかというと、ごく標準的な会社の在り方と、ごく標準的なソフト開発現場のやり方(流儀と言えると思う)が、私には耐え難いものだったからだ。
しかし、それは単に、私が落ちこぼれたというだけのことだった。
けれども、1人で勝手にプログラミングの勉強をしたら、ちゃんとプログラミングが出来るようになったし、1人で企業からソフト開発を受託して開発したら、最初の頃こそ苦労したが、ちゃんとやれるようになった。
2度目に入ったソフト開発部門では、周囲から完全に浮く形で、1人で仕事をしていたが、業績不振でその部門が事実上消滅し、開発者のほとんどリストラされたが、私は優良企業に誘われ、良い待遇を手に入れた。

この経験は決して特殊なものではない。
だから、自分が、今の職場でうまくいかなかったり、周囲の人達が出来ることが出来ないように見えても、それは、必ずしも自分のせいではないかもしれない。
言うまでもなく、自分がうまくいかない理由を、周囲や環境に押し付けるのは良くない。
それに、自分に合わない状況でも耐えるしかない人が、それを克服した例も当然ある。
だが、「自分らしくやる」ことは大切であり、それで周囲との摩擦を感じても、本当は効率的なのである。
確かに、「君の悪い状況は、周りの人や会社の問題ではなく、君に問題がある」と言うしかない人達も沢山見たが、そんな残念な人達だって、環境を変えればうまくいったということもあるのである。
音楽やスポーツの世界でも、ずっと駄目だと言われ続けた者が、良いパートナーや指導者に巡り会って才能を開花させた話がよくあるが、その陰で、ひょっとしたら成功したかもしれないのに、埋もれたまま終わった者も数知れないのだと思う。
私は、アインシュタインクラスの才能を持ちながら、平凡な事務員や労働者に甘んじている者は結構いるのではないかと思っている。
それほど壮大な話でなくても、私程度に、本当なら悠々と好き勝手出来るはずなのに、意にそまない、辛い状況に喘いでいる者はいくらでもいるだろう。

では、どうすれば、少なくとも私のように楽しくやれるかというと、落合博之さんではないが「俺流」を貫く・・・そこまでいかなくても、俺流を大切にすることだ。
そう言うと、「それには努力や、現実的に実力が必要だ」などと、無難なことを言う人は多いのだが、努力は不要だし、必要な実力は後から付いて来る。
大切なことは、いつも申し上げている通り、自分流でやっていくと強く決意し、後は、何も考えず、ぼーっとすることだ。
中学の3年間しかまともに学校に行かなかった矢追純一さんが、特に当時難関だった中央大学法学部法律学科に入ると決意し、後は努力せずに、流れにまかせて合格してしまったようにね。
だが、人のせいにしてはいけないし、言い訳も文句を言うのも駄目だ。
うまくいかないやつは、すぐ人のせいにし、周りのせいにし、言い訳をし、文句ばかり言うものだ。
何をしても構わないが、言い訳だけは許されないのである。








  
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