野球選手や剣道家には、時間があれば延々と素振りをする人がいるが、そんな人は名人・達人なのではないかと思う。
その理由は、その訓練自体の効果もあるが、別の意味がある。
それは、素振りをやっている間は、何も考えずに済むことだ。

江戸時代、ある優れた武士が、1人の町人を見て、その目付き、立ち居振る舞いがただ者ではないと感じ、その町人に「お前は何者?」と尋ねるが、町人は「ただの商人」と答える。武士が、「これでも目は効く方だ。お前がただ者でないことは分かっている」と問い詰めると、町人は言う。
「もし、人と違うとこがあるとすれば、子供の時からの臆病癖を直したいと思って、毎日、夕刻に墓場に行っています」
これが、精神の訓練になっているためもあるだろうが、それよりも、この町人は、墓場に行くことで、何も考えなくなるので、墓場行きを止めなかったに違いないのだ。

「筋トレ社長」で有名なTestosteroneさんは、「人生の99.9%の問題は筋トレで解決できる」と主張し、そのタイトルの本も出しているが、それは正しい。
ただ、なぜ、筋トレでいかなる問題も解決出来るのかというと、筋トレをしている間は考えなくて済むからだ。
しかも良いことに、筋トレだって、考えるべきことは考えないといけないが、それは適度な考えであり、無駄な考えではない。
頭というものは、必要なところで使い、余計なことを考えてはいけないのだが、筋トレを安全に効果的にやるための考えというのは、難しくあってはならないはずなのだ。
いや、実際はスポーツだって、チマチマ、クヨクヨ、つまらないことを考えながらやっていたら、良いプレーが出来ないはずだ。

『燃えよドラゴン』の有名な言葉「考えるな、感じろ」の通り、頭で余計なことを考えていては、武道に限らず、優れた成果は上げられない。
いかなるものごとも、要諦は、「考えない」ことで、難しい言い方をするなら「無になる」ことだ。
しかし、世の中では「よく考えてやれ」とよく言われるが、それは、あくまで簡単なルールについてであり、後は何も考えず、ぼーっとすることが大切なのに、唯物主義で凝り固まった学校や世間では、無駄なことばかり考えさせ、結果、人々も社会も迷走し、混乱を極め、悲惨をもたらしている。

私も愚か者で悩み勝ちだったが、大東流合気武術式の四股を今年の6月23日から始め、今は、毎日千回以上踏んでいる。この四股は、足腰の訓練にも勿論良いのだが、それよりもやはり、頭が空っぽになるという最高の効果がある。
保江邦夫さんは、四股は頭を鍛えるのではないかと著書に書かれていたが、何も考えない練習が最大の鍛錬かもしれない。
大発明家で、能力開発のエキスパートだった中山正和さんも、禅や般若心経の読誦は「クヨクヨしない訓練」と本に書かれていたが、やっとその意味が分かってきたと思う。









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