谷川流さんの小説『涼宮ハルヒの憂鬱』から始まる涼宮ハルヒシリーズがなぜ、異常とも言えるほどのブームを起こしたか・・・なんて話は語り尽くされているかもしれないが、どの説も、私を含め納得出来ないと思う。
しかし、『神と人をつなぐ宇宙の大法則』なんて、まさにハルヒ級の超大袈裟なタイトルの本を読んで、ゾっとするほど納得した。
この本は、量子物理学者で武術家の保江邦夫(やすえくにお)さんと、元裁判官の僧侶の 稲葉耶季(いなばやすえ)さんという2人の、超ぶっ飛んだ話満載の対談書だ。
例えば、1976年に旧ソ連の戦闘機ミグ25が北海道に着陸し、パイロットのベレンコ中尉が亡命を希望したという有名な話があるが、あれは、アメリカの要請を受け、日本の超能力僧が、どっかを飛んでいたミグ25を北海道にテレポーテーションしたもので、元々、ベレンコに亡命の意思なんてなかったらしい。もう、バラしても、そんなに問題にならない時期なのか・・・?

それで、ハルヒである。
そろそろ知らない人もいるかもしれないが、涼宮ハルヒは美少女ながら超エキセントリック(変わり者)な、超俺様主義の高校1年生だ。
ハルヒの、入学初日のクラスでの自己紹介、「ただの人間には興味ありません。 この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、 あたしのところに来なさい。以上。」は有名だ。
主人公でクラスメイトのキョン(男子)は、ある時、ハルヒについて、「『全然』がこいつの口癖らしい」と気付いたが、ハルヒの言葉としては、私は、「退屈・・・」の方が印象的だ。
そして、超能力者、古泉一樹は「涼宮さんを退屈させてはいけないようです」と言うが、それは、ハルヒが退屈すると、世界が滅びかねないからだ。
そして、もう1つのハルヒの特徴的な言葉が、「その方が面白いじゃない!」である。
退屈し勝ちで、面白いことを求めるハルヒだが、それこそが神様の姿なのである。
それは、上の本で保江さんが何度も強調しているが、アメリカの発明家で神秘家のイツァク・ベントフも、全く同じことを著書『ベントフ氏の超意識界探訪』に書いている。
また、アラン・ワッツの『タブーの書』(『「ラットレース」から抜け出す方法』は、その改訂版)にも、似たことが書かれていて、私は納得したものだ。

だが、誰だって、退屈は嫌いで面白いことが好きなのだ。
その欲求に盲目的に従うから、ハルヒは神様なのである。
それを、あっけらかんと示した小説がヒットしないはずがないが、この作品に抵抗を持つ者も多い。いわゆる、世間のおじさん、おばさんである。
ハルヒのようにやれば、みんな神様になれることは、科学的に確かなことらしい。
それが、「素領域理論」で本来ノーベル賞を取るべき大物理学者、保江邦夫さんの話から導けると思う。
では、『涼宮ハルヒの驚愕』で登場する、もう一人の神様、佐々木はどうだろう(私は、こっちの方が好きなのだが)?
佐々木は、どこか突っ走れず、自分にブレーキをかけるところがあるのかもしれない。
それで、実は、どこか、ハルヒに憧れている部分があるのだと思う。

私は以前、『涼宮ハルヒの驚愕』と、『僕は友達が少ない』のどれかの巻の同じページに「気圧(けお)される」という言葉を見つけ、それで、部屋の同じ場所に20年近く放置していた『空手戦争』という漫画の「けおされる」の意味がやっと解り、『神秘のカバラー』に、「一言で言えば神とは圧力なのだ」と書かれているのを見るというシンクロニシティを経験したこともあり、『涼宮ハルヒ』シリーズは、やはり神の書だと思うのである。
ちなみに、「ハルヒ」とは「張る霊(ヒ)」であると、以前思ったことがある。
尚、『神と人をつなぐ宇宙の大法則』には、恐ろしく運の良い保江さんが、運が良くなる方法を書いているので、読むと得するだろう。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
↓Social Network Service
このエントリーをはてなブックマークに追加