願いを潜在意識に送り込むと叶うという。
ところで、その願いをどう表現するかであるが、2通りの方法があり、
(1)ディテール(詳細)までしっかり決める
(2)大雑把に決める
で、その中間もあるだろう。
正しいのは、絶対に(2)だ。
もし、詳細が分かり、それが叶ったとしたら、それは未来予知であり、強い予知能力を発揮した場合には、確かに、細かいところまではっきり分かることもあるだろう。
しかし、これから何かを願う・・・つまり、現実を創造する場合には、(2)でやらなければならない。
お金が欲しい場合、金額と、それを得る期限を決めよという話は多い。
それは、集中力を高めるためには有効であるが、大抵は、うまくいかない。
たとえ、金額と期限を決めて、結果、大金を得たとしても、金額や取得時期は、自分の設定とかなり違うものである。
「いや、俺はぴったりだった」と言う人もいるし、私も言ったことがある(笑)。
しかし、それは不正確なこじつけの場合が多いだろうし、私もそうだったのだ。
ただ、繰り返すが、未来予知の場合は、そこらが先に正確に分かることもあるだろう。

ただし、大雑把な目標は必ず持たないといけない。
「良いお客さんが沢山来るスナックを持つ」
「VBAで楽しく仕事をする」
程度の大雑把さで良いだろう。
なぜ大雑把で良い、あるいは、大雑把でないといけないかというと、未来のことなんて分からないからだ。
もっと正しく言えば、分からないから楽しいのである。
「20世紀最大の詩人」と言われた、W.B.イェイツの戯曲『カルヴァリー』で、聖書では敵であるはずのローマ兵に、「予測出来ないことでさえあれば、何でも起こることが最善」と言われたイエスは、敗北感にうな垂れる。彼らの強さを認めざるを得ないからだ。
また、『カードキャプターさくら』で、桜のクラスメイト、小学4年生のエリオルが、聖獣スピネルに、
「この世で一番楽しいことは何か知っているかね?スピネル」
と尋ねるが、スピネルは答が分からなかったのか、
「何ですか?エリオル」
と、質問で返す。
すると、エリオルは自信を持って、
「予測しないことが起こることさ」
と言う。

人間に出来るのは、大体の流れを決めることだ。
面白い例では、貧しくて煙草も吸えなかった男が、
「煙草くらい吸えるようになろう」
と決めたら、お金持ちになってしまったという、印象的なものがある。
大雑把に願えば、拡大して叶うことが多いことは、よく指摘される。
ある意味、慎み深さが良いのだろう。
東大の教授になりたいと思ったら、ハーバードの教授になるようにね。
こういったことは、矢追純一さんの本にうまく説明されていると思う。








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