あるスピリチュアルなセミナーで、こんなことがあった。
受講者の女性の1人の願いは100万ドルだった。
彼女は、金に窮していて、貯金はないし、将来への希望が見出せず、とても不安だった。
それで、100万ドルあれば、心が安らかになると思ったのだった。
セミナー講師は、彼女に、両手を胸に当てるよう指示した。
1分ほどそうしていたら、彼女は心が安らかになった。
100万ドルはないし、状況は何も変わらないのに心が安らかになってしまったのだ。
そして、彼女の本当の望みは、100万ドルではなく、心が安らかになることだと分かった。
つまり、別に100万ドルは必要なかったのだ。
その後、この胸に手を当てるメソッドをやっているうちに、面白くてスキルが得られる仕事に就いたり、頼もしい彼氏が出来、やがて、預金も10万ドルほど出来た(それだけあればむしろ余裕だと分かった)。
どうも、先に幸福感を感じた方が良いらしい。
まあ、確かに、心の安らかさを知るために、一度不安になるのも良いことである。

明治、大正の偉人で、「岡田式静坐法」で知られた岡田虎二郎に、ある男が、金に窮していることを訴えた。
すると、虎二郎は、「金?腹に力がつけば金はいくらでも出来ますよ」と言った。
腹に力がつくとは、動じない心を持つことであり、上に述べた女性の心の安らぎに通じる・・・というか、実質同じである。
岡田式静坐法とは、健康法ではなく、そんな心になるためのものだ。
確かに、当時は、そんな行法も必要だった。
しかし、アセンション後の世界では、最初の女性のように、手を胸に当てるだけで良い。
そのセミナー講師は、両手を胸の前で回転させる方法を教えたが、経験上、それが良いと思っていたのだろう。

最も効果的な方法は、最近、私が書いている通りである。
どちらの手でも良いし、両手でも良いが、手を胸の中央から指2本分(つまり、ほんの少し)右に当てる。高さは、鎖骨中央の真下の、やや高い位置が良い。
ただし、両手で押さえれば、かなり広い場所を押さえることになるので、単に「胸に手を当てる」でも十分なのである。
あるいは、合掌する。
その際、ベストな位置は手首がみぞおちのあたりになるところで、指は真っ直ぐ上に向ける。すると、手首は直角くらいに曲がっていると思う。
やや強く手を左右から押さえる。すると、両手の間に霊的エネルギー(あるいは「気」)が活発に交流し、それが身体全体に広がる。すると、強いオーラが発生し、心身が強化され、超能力者の状態になり、願いも叶う。

そんな訳で、なるべく多く、手を胸に当てたり、手を合わせると良いだろう。
常に手を合わせる者が不幸になった話なんて聞いたことはない。
ある両手のない人は、想像の中で合掌し、悪い人生ではなかったのである。
ルドルフ・シュタイナーら、精神科学者や神秘家は、肉体の手がなかったとしても霊的(アストラル体の)手はあるものらしい。
実際、切断されたはずの手が痒いと感じる話は珍しくないと思う。
まして、手があるなら、頻繁に合掌したり、胸に当てるよう心掛けるべきと思う。でないと、ロクでもない手の使い方をすることが多く、合掌したり、手を胸に当てることがなくなるからだ。








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