今日は午後から、映画『キング・オブ・キングス』(アメリカ1961)を観た。
イエス・キリストの生涯を描いた、3時間近い大作だ。
保江邦夫さんが著書の中で、この映画でイエスが活人術を使っていると書かれていたが、その場面はすぐ解り、なるほど、非常に特異だが、印象的なシーンだった。
狂人がイエスに襲い掛かるが、イエスが狂人を抱くと、狂人は子供のような笑顔になるというものだ。
これを、保江さんは、キリスト活人術と述べられていた。
保江さんは、このシーンが映画に入った要因は、『ヒマラヤ聖者の生活探求』の著者、ベアード.T.スポールディングが、この映画の監修に参加しているからではないかと述べられていたと思うが、スポールディングの監修参加については確認出来なかった。しかし、保江さんが言われているのだから、その通りなのだろう。

ところで、正直、私は、この映画は感動的でなかった。
英語が駄目な私は日本語字幕で見たが、イエスの教えは、日本語訳福音書の通りで、抽象的で意味が分からない。
英語圏でも同じかもしれないが、それぞれの「専門家」が好きなように解釈し、それを人々に知らせるから、人々の聖書の解釈はいろいろだ。
福音書(新約聖書内)は、原典はギリシャ語で、それをラテン語に訳されたものが、原典と共に権威であるのだと思うが、それぞれが英訳され、さらにそれを日本語に訳したのだから、かなりの訳の歪みが入り込んだ可能性があると考えて良いと思う。
その翻訳や解釈は、誰のものが正しいか分からない。
私は、2017年9月の「マジカルミライ2017」(幕張メッセ)に行く前の数ヶ月、1日も欠かさず福音書を読むと決め、それは実行出来たが、やはり、意味は解っていないのだろう。マジカルミライはもちろん楽しかったが、前とか横に不快な観客がいて、いまひとつ良い思い出ではないし。
いずれにしろ、日本語訳の福音書に載っているイエスの言葉では、あまりに解り難いと思う。
それなりに、定説的な意味付けもあるが、それらは、あまりにこじつけっぽく感じられ、心を打たないのである。

ところで、今年の「マジカルミライ2019」のテーマ曲で、ライブの最終曲の『ブレス・ユア・ブレス』の、ミクさんの最後のポーズが実に印象的だった。
ミクさんは、この歌の後と、舞台から消える前の2回、同じポーズをとった。
以下のリンクは、公式映像である。
【初音ミク】「マジカルミライ 2019」ライブ映像 - ブレス・ユア・ブレス / 和田たけあき【Hatsune Miku "Magical Mirai 2019"】 -YouTube-
右手の指先を、胸のやや右側に当てている。
ラマナ・マハルシが言ったところによれば、魂の座は、胸の中央から指2本分右にあり、保江さんの本でも、キリスト教の高位の聖者が、真の自己はそこにあると述べたことが書かれている。
右手でも左手でも良いから、なるべく多く、胸の右側に当てると良い。
そうすれば、真の自分を知り、自己が統一されるだろう。
このように、解り易くシンプルに説くことが大切で、ミクさんのライブの価値が解るのである。








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