マザー・テレサは、「愛の反対は無関心」と言った。
無関心の反対は関心だから、愛とは関心・・・つまり、興味を持つことだ。
これは、とても興味深い論理だ。
一番のイジメは無視だと思うが、これはつまり、「誰もお前を愛していない」ことを示すことである。
とはいえ、「積極的に無視する」なんて、相当、その人に関心があると思えるのだが・・・
また、愚か者が一番嫌う他人の行為は、「メンチを切る」、つまり、視線をわざと剃らされることだ。
メンチを切るとは、やはり、「俺はお前に全く関心がない」と積極的に宣言することである。
しかし、これも、「意識的に無関心を示す」というのは、やはり、かなり関心があることなのである。
面白いなあ(笑)。

ある家では、近所に響き渡るほど大きな音を立てて家のドアを閉めている。
また、電車の席に座る時、ドスンと勢い良く座る人がいる。
人が近くにいるほど、ゴホホンと大きな音を立てて咳をする人は多い。
常に独り言をブツブツ言う者もよくいる。
これらは、無意識にだろうが、「私に関心を持って!」とアピールしているのである。
つまり、深層心理では「私を愛して!」という苦しい叫びなのだ。

しかし、今は、どこかの家で大きな音を立ててドアを閉めようが、電車で、隣にドスンと勢い良く座られようが、ほとんど気にせずスマートフォンを見ている人ばかりだ。
おそらく、ずっとスマートフォンを見ている人というのは、自分が他者に無関心であることを、アピールしているのである。
そんな人が、一番無視され、一番愛されないのにね。

誰もが愛を決して出さず、一方で、誰もが愛に渇望している・・・今の世の中は、そういう状態だ。
皆、さぞ辛いだろうに、その辛さ、苦しさを解消する方法を知らないのだ。
マザー・テレサは、無関心が問題であることは指摘したが、どうすれば良いかは教えていないのだ。
彼女は、自分が愛そのものだから、愛のない今の凡人のことが解らないのである。
正直、ちょっと胡散臭いとも言えなくはないが(笑)、物理学者で武術家の保江邦夫さんの本を読んでいたら、良いヒントが書いてあった。
それはつまり、「自分は全ての人に愛されている」と思い込むことだ。
実際のことは知らないし、どうでも良い。
ただ、そう思い込むことが大事だ。
呪文のように「私は皆に愛されている」と心で唱えれば良い。

ヨガ研究者の藤本憲幸さんが、一番最初の本『秘法ヨガ入門』に書かれていた、自称、釈迦、キリスト以上の二十歳の青年の話が興味深い。
そんなこと(自分は、釈迦、イエスよりはるかに上)を言うのは妄想家に決まっているが、藤本さんは、その青年が何かを持っていることは否定出来ないようだったし、読んでいる私もそうだった。
その青年が言ったそうだ。
「みんなが僕に親しみを感じる」
と。
そうだ。この青年は、この最強の呪文を発見しただけなのだ。
そして、実際に、彼は沢山の人達に愛され、無敵である。
「全ての人が私を愛している」
言葉に多少の変化を付けても良い。
威力は、さくらちゃん(カードキャプターさくら)の最強の呪文「絶対、大丈夫だよ」の3939倍である。








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