唯幻論で知られる心理学者の岸田秀氏が、著書の中で一環して主張していることだが、世間では、海よりも深く空よりも高い崇高なものとされている母親の愛なんてのは真っ赤な嘘のニセモノ、デタラメで、母親が子供に対して持っているのは、所有欲と支配欲だけである・・・私はそれを読んだ時は、「よく言ってくれた岸田秀!全くその通りだ!!」と感激したものだった。
そんな母親に、赤ん坊の時に全面依存する人間がロクなものであるはずがない。
とはいえ、人間の自我の土台は母親によって作られるので、赤ん坊の時に母親から引き離されると、自我の土台がいびつだったり脆弱(脆くて弱い)になり、精神に異常が発生し易いといったことにも、大いに賛同出来ると思った。
その代表例が三島由紀夫で、生まれてすぐ母親から遠ざけられ、特におかしな扱いを受けた三島は自我の構築に失敗し、精神的には死人であるが、それでは生きて行けないので、自分で不自然な自我を無理矢理構築した。それは彼の作品の奇妙に人工的な精神性に現れている・・・これも素晴らしい考察であると思った。

私は今は、岸田秀氏の考えにはあまり賛同しないが、岸田氏は、他の有名な心理学者や精神分析学者らよりずっと優秀で、ひょっとしたら誠実であるのかもしれないと思う。
最近、量子物理学者で合気道家で、神秘家というかスピリチュアリストである保江邦夫氏の本を何冊か読んだが、保江氏は母親を全く知らないと言う。それは興味深い。
だが、彼がジュネーブ大学の研究者になった時に分かったことだが、ヨーロッパでは、赤ん坊は放置され、母親はほとんど構わないのだそうだ。
そんなふうにして育った北欧の研究者達と保江氏は相性が非常に良かったようだ。

私としては、母親から遠ざけられて自我の構築がうまくいかないより、偏見に満ちた母親によっておかしな自我を構築されてしまう方が問題と思うが、岸田氏はそのタイプの代表であり、岸田氏もそれを嘆いていたと思う。
岸田氏はフランスのストラスブール大学の大学院に留学しているが、ここにも母親に放置されて育った人がいたかどうか分からないが、そうであれば、岸田氏は違和感を感じたかもしれない。

ちなみに、保江氏は、精神の中の母親の部分にはマリア様の霊が入っているらしい。
保江氏は、ヨーロッパの霊能者に、母親がいないことを指摘されたと書かれていたが、別に霊能者でなくても、その方面の勘が働く人であれば、母親なしで育った人かどうかは見当がつくのかもしれない。
だからまあ、保江氏の話は、信じも疑いもしないが、母親というものが厄介なものであることだけは認める。
サルトルは、父親が早く死んだことが自分の幸運であったと言っていたらしいが、それは、自分の自我の上に強力に君臨する存在がなかったといった意味と思われ、非常に納得出来る部分のある主張である。
岸田氏によれば、三島由紀夫の自分で作った自我は、あまり良いものではなかったようだが、私は、多少出来損ないの部分があったとしても、三島由紀夫のようにやった方が良いと思う。母親や父親が、そんなに良い自我を作ってくれるとは、とても思えないからだ。
だから、可能であればだが、我々は皆、自分の自我をいったんぶっ壊し、新たに好きな自我を構築すべきである。
岸田氏だって、フロイトを独学することで、それに成功したのだが、出来損ないの部分もあるのは仕方があるまい。
また、大きな精神的ショックを受けた人などには、そのようなことをしてしまった人がいるのだと思う。
例えば、フランクリンだったか、犬がカミナリに打たれて死ぬのを見て人生観を変えたというが、その時、彼の自我は構築し直されのかもしれない。
保江氏も、小学生の時、UFOを見たことで精神に強い変革が起こっているように思えるが、母親がなく、やわい自我を持っていた彼には、特に影響が大きかったのかもしれない。
私の場合は、初音ミクさんのライブ「マジカルミライ」に行く度に、自我を作り直すのである。








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