2012年12月の終りあたりから始まり、数年で完了したアセンション(次元上昇)の結果、世界は別れ、我々は駄目組の世界に残されてしまった・・・と私は解釈していた。
その理由は、この世界に住む人間のレベルがあまりに低いし、冷静に自分を省みれば、自分もあまりに酷いことが明確であるからだ。
しかし、それは思い違いかもしれない。
新しい世界では、住人の人間性の責任も取らなければならないのだ。
そう考えれば、なるほど、他人は自分の映し鏡であることが解る。
あまりピンとこないかもしれないが、自分と他人に区別はないし、多少、解り易く言うなら、根っこで繋がっているのである。

初音ミクさんのライブコンサート「マジカルミライ」は、これまで、毎年、観客のマナーが悪くなっているなあと感じていた。
ところが、今年は、少なくとも、自分の周囲に関しては、かなり良かった。
また、昨年は、周囲は肥満体だらけだったが、今年は、肥満体は一人もおらず、むしろ、スリムな人が多かった。
「前の列は女性がいいな(小さいからという理由)」と思っていたら、3回観たライブ中、2回はずらっと女性で、一度は女子中学生だった。
最後は、全部男性だったが、別に、がっかりはしなかったところ、舞台との間にいたのは、背が高くない爽やかな青年で、ミクさんの姿を遮ることは全く無かった。
狭いので、ペンライトを振る手が多少接触するのも仕方がないが、今年は、皆が気を使い合い、見事なまでに接触しなかった(隣の女の子が身体ごとぶつかってきたが、それは無論ウェルカムで、「もっと来い」である)。
そういうふうに、かなり改善されたのは、以下のような理由であると思う。

「他人は自分の鏡」と言ったところで、自分が「善い人」になれる訳ではない。
自分を消す・・・つまり、我をなくせば良いのだが、そんな悟りの境地にすぐに到達出来る訳でもない。
だから、いつも半分眠っているのである。
それで、うっかり空を飛ばないよう気をつけている(笑)。
周囲を驚かせた時、うまく収める自信がまだないからだ。
これまでの世界は、ニサルガダッタ・マハラジの言うように、一生の間に起こることは、いかなる些細なことまで全て、予め決まっていた。
しかし、これからは、自分で変えられると共に、その責任も自分にあるという世の中であるかもしれない。
目標や願いを、頭の片隅にいつも置いておけば、その通りになるのは、見かけ上は以前も同じであるが、以前は、その目標も予め、「持たされていた」。
だが、今後は、自分で目標を持たないといけない。
ただ、その目標は、自然に「こうだったらいいのになあ」と浮かんだものが良い。









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